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その藤子は、いつの間にやら姿を消していた。人払いでもしてくれたのか、未だこの休息之間に誰かが踏み入ってくる気配もない。
「……いいのか」
確認するところを見ると、藤子との話を聞いていたのだろう。ただ、どこから聞いていたのかは分からない。
けれども、彼のほうが恐ろしい思いをしたのは確かだ。立場が逆なら、和宮だってきっと、彼が正気に返るまで気が気でなかったに違いない。だから。
「……うん。陥れられ掛けたのも家茂だし。いいようにして」
彼の腰に回した手に力を込めて、胸元に頬を擦り寄せた。
「……大好き」
何の脈絡もなく、無意識にそう口に乗せる。すると瞬時、家茂が言葉を失ったように沈黙した。
そろそろと目線を上げると、真ん丸になった黒曜石と視線がぶつかる。
「……本当だよ?」
「……別に嘘だなんて思ってないけど、お前さ……」
「何よ」
答えは、言葉ではなかった。代わりに軽く唇を奪われる。
「天然?」
「は? 何が」
「誘ってるようにしか思えねぇんだけど」
「さっ……!」
瞬く間に、熱が頬に上るのが自分でも分かる。
誘ってなんかない! と返すより早く抱き締められ、今度は深く唇を塞がれた。
そのまま再度、やや強引に抱かれたのは言うまでもない。
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