5人が本棚に入れています
本棚に追加
第十六幕 背後にいる者
「――これ、何?」
熾仁が、勅使と共に白書院に乗り込んで来てから四日後。
その日の昼間、藤子が差し出した結び文に、和宮は眉根を寄せた。
「どうぞ、目をお通しください」
と言われても、開ける気がしない。
現在は通常文書にも使われる形態だが、古来、結び文と言えば中身は恋文と相場は決まっている。ただ、家茂からなら藤子もそう言うだろう。
「まさかと思うけど、熾仁兄様からじゃないよね?」
答える代わりに、藤子は表情を歪めて俯いてしまう。それが、何より明白な答えだ。
「受け取れないわ。あたしはもう人妻なのよ。たとえ中身が恋文でなくても、ほかの男からの文なんて」
「まあ、いいんじゃねぇの、見るだけなら」
そこへ、いつものように、前触れもなく家茂の声が飛び込んで来る。
もう和宮も、当然のように家茂に上座を譲り、家茂もごく自然にその場へ腰を落とした。藤子は、言うに及ばずだ。
「何でそんな平然と言えるのよ。ほかの男が妻に文を書いて寄越すなんて、あんたは平気なの?」
「平気じゃないから言ってんだよ。お前を取り返す為に、お前の命まで危険に晒した男がどういう言い訳してくるか、見物だと思わねぇ?」
家茂の顔に、不敵な微笑が浮かぶ。その美貌には、似合わないくらい物騒な笑みだ。
こうなると多分、彼は梃子でも動くまい。
はあ、と一つ溜息を挟んで、和宮は文を開いた。
『拝啓 和宮親子内親王殿下
先日は、大変失礼いたしました。
わたくしは明後日、勅使団に先立って京へと帰る運びとなりました。
つきましては、今一度、二人きりでお会いしたいのです。何とか、席を設けていただきたく、お願い申し上げます。
お会いするのを、心待ちにしております。
敬具 有栖川宮熾仁』
「……論外だわ」
一読して、和宮は文を放り出す。
その放り出した文を、家茂が拾って目を落とした。
「……本当に会わなくていいのか」
「当たり前でしょ」
「だって、初恋の相手なんだろ」
「そりゃっ……」
言い掛けて、口を噤む。
最初のコメントを投稿しよう!