第十六幕 背後にいる者

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第十六幕 背後にいる者

「――これ、何?」  熾仁(たるひと)が、勅使(ちょくし)と共に白書院(しろしょいん)に乗り込んで来てから四日後。  その日の昼間、藤子が差し出した結び(ぶみ)に、和宮(かずのみや)は眉根を寄せた。 「どうぞ、目をお通しください」  と言われても、開ける気がしない。  現在は通常文書にも使われる形態だが、古来、結び文と言えば中身は恋文と相場は決まっている。ただ、家茂(いえもち)からなら藤子もそう言うだろう。 「まさかと思うけど、熾仁兄様からじゃないよね?」  答える代わりに、藤子は表情を歪めて俯いてしまう。それが、何より明白な答えだ。 「受け取れないわ。あたしはもう人妻なのよ。たとえ中身が恋文でなくても、ほかの男からの文なんて」 「まあ、いいんじゃねぇの、見るだけなら」  そこへ、いつものように、前触れもなく家茂の声が飛び込んで来る。  もう和宮も、当然のように家茂に上座を譲り、家茂もごく自然にその場へ腰を落とした。藤子は、言うに及ばずだ。 「何でそんな平然と言えるのよ。ほかの男が妻に文を書いて寄越すなんて、あんたは平気なの?」 「平気じゃないから言ってんだよ。お前を取り返す為に、お前の命まで危険に晒した男がどういう言い訳してくるか、見物だと思わねぇ?」  家茂の顔に、不敵な微笑が浮かぶ。その美貌には、似合わないくらい物騒な笑みだ。  こうなると多分、彼は梃子でも動くまい。  はあ、と一つ溜息を挟んで、和宮は文を開いた。 『拝啓 和宮親子(ちかこ)内親王(ないしんのう)殿下  先日は、大変失礼いたしました。  わたくしは明後日、勅使団に先立って京へと帰る運びとなりました。  つきましては、今一度、二人きりでお会いしたいのです。何とか、席を設けていただきたく、お願い申し上げます。  お会いするのを、心待ちにしております。  敬具 有栖川宮(ありすがわのみや)熾仁(たるひと)』 「……論外だわ」  一読して、和宮は文を放り出す。  その放り出した文を、家茂が拾って目を落とした。 「……本当に会わなくていいのか」 「当たり前でしょ」 「だって、初恋の相手なんだろ」 「そりゃっ……」  言い掛けて、口を噤む。
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