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花笑み、という言葉がぴったりの笑顔を連れて、和宮は彼に向かって駆け寄る。しかし。
「また上達したね。……って言いたいけど、皇女には必要ないんじゃないかな」
そう言われて、桜の花を思わせる唇が、たちまちすぼんで尖った。
(……誰の所為だと思ってるのよ)
元はと言えば、熾仁が悪い。
和宮には妹を甘やかすようにしか接しないくせに、彼女の傍にいる年嵩の少女には若干、大人の女性の扱いをしている。
和宮とその少女――土御門藤子との間は、たった四歳しか離れていないにも関わらず、だ。
昔からそれが面白くない。だが、決して藤子が憎いわけでもない。
彼女は、物心付いたときから、侍女兼護衛として傍にいた。そして、武士のように剣を振るい、弓を射、馬を自身の肉体の一部のように操る。その凛とした姿に、和宮は素直に憧れた。
そしてある日、藤子の鍛錬する姿を眩しげに見る熾仁の視線に気付いてしまった。それが、異性を特別に想う気持ちから来ているのかは分からない。怖くて確認はできなかった。
けれど、同じ視線を自分に向けて欲しいと思った。だから。
(姉様と同じようにすれば、あなたがこっちを見てくれるかと思ったのに)
上目遣いに睨め上げる和宮の視線の意味に、熾仁は気付かないらしい。
小首を傾げて、「何?」と訊ねる。
「……何でもないわ。藤姉様。熾仁兄様にお茶をお出ししてくれる?」
つい今まで、傍で弓の指導をしてくれていた藤子は、「はい、宮様」と短く言って頭を下げる。和宮から弓を受け取ると、熾仁にも一礼して広縁へ上がり、台所の方向へ姿を消した。
「ところで兄様」
「うん?」
彼への『兄様』という呼称も、彼が和宮を『妹』扱いする一因であるのだが、そこは和宮自身気が付いていない。
初めて会った時から、和宮には熾仁は『大好きなお兄様』であり、『兄様』という呼び方をしてはいても、『異性』であることに変わりはなかった。つまり、乱暴な言い方になるが、和宮にとって『兄様』というのは相手の名の一部に過ぎないのだ。
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