序幕

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「遠乗りにはいつ連れてってくれるの?」 「またその話かい?」  彼は、困ったような微笑を浮かべた。 「乗馬は皇女に相応しい趣味じゃないよ。怪我でもしたら大変だ」 「大丈夫よ。弓と同じくらい上達したわ。藤姉様のお墨付きよ?」 「そうかい?」 「そうよ」  言いながら、和宮(かずのみや)は広縁への(きざはし)を昇り、熾仁(たるひと)の腕に手を伸ばした。少し迷った末に、遠慮がちに彼の直衣(のうし)の袖を握る。 「兄様だってご覧になったでしょう? あたしの弓の腕前。もう百発百中よ?」 「しかし、弓の上達具合と乗馬の腕は比例しないだろう?」  やんわりと反論を続ける熾仁に、和宮はまたも唇を尖らせた。 「……分かった。兄様はあたしを信用しないのね」 「そんなことはないよ。ただ心配なだけさ」  微笑の『困った』具合を深くしながら、熾仁の手が優しく和宮の手を取る。 「さあ、もう中へ上がっておいで。藤子がお茶を用意してくれてるんだろう?」  うまく話をはぐらかされた。そんな気分だったが、もう蒸し返す気にはなれない。  小さく頷き、彼の取ってくれる手を握り返して下履きを脱いだ。  好きな相手が年上過ぎて、気持ちがうまく伝わらないもどかしい思いをする毎日。けれども、その相手が婚約者であり、すでに自分のものだというという安堵感。  これから幾らでも、彼が自分を異性として見てくれるようになる機会はある。いつかそうして見せると、和宮は何度目かで固く誓う――そんな彼女の穏やかな日常がひっくり返ったのは、その日の内のことだった。
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