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第一幕 崩壊
「――破談!?」
松と鶴の題材が描かれた襖に囲まれた雅やかな室内に、甲高く素っ頓狂な声が響く。
いつものように、仕事帰りに訪ねてきた婚約者が、唐突に放ったのは、まさに爆弾発言だった。
「何よそれ、どーいう意味!?」
「宮様」
藤子が、身を乗り出した和宮を宥めるように名を呼ぶ。けれども、和宮はそれを頭から無視して、反射的に熾仁の胸倉に掴み掛かった。
「まさか、今更生まれ年の忌み事がどうとか言い出す気じゃないでしょーねっっ!!」
「えっ……生まれ年の忌み事?」
珍しく血相を変えて迫る和宮に、やや度肝を抜かれた様子で、熾仁が問い返す。
「宮様、落ち着かれてくださいませ」
変わらず穏やかに言いながら、藤子は和宮の腕にそっと手を添えた。
「宮様が年替えの儀を行われたのは、御年二つのみぎりです。そのあとご婚約された熾仁様は、そのことはご存じないのでは?」
「えっ……あっ、あー……」
若干気まずい気分で、和宮は熾仁の胸元から手を離す。
「えっと……年替えの儀を行ったって、どういう意味か訊いてもいい?」
熾仁が、和宮と藤子を応分に見ながら問うた。
伺うように和宮を見た藤子に、和宮は目で頷いて、熾仁に視線を戻した。
「……本来のあたしの生まれ年は『丙午』なのよ。『丙午生まれの女は夫を喰い殺す』とかいう言い伝えがあるでしょ? あたしとしては本気でバカバカしいとしか思えないんだけど……」
そのあとを、藤子が引き取って説明する。
「それで、先刻申し上げたように、宮様御年二つの折りに、『年替え』の儀が執り行われ、今の宮様は『乙巳』生まれなのです」
生まれ年の忌み事の所為で生涯結婚できなかったら可哀想だ、という周囲の心配が、『年替え』の儀が行われた所以である。それでも安心できなかったらしい周囲の配慮から、五歳の時に将来の伴侶として引き合わされたのが、有栖川宮家の熾仁だった。
十六歳で当時五歳の幼女と婚約させられた熾仁の心中は、今なら察して余りある。
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