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「……実麗伯父様……?」
上げた視線の先に立っていたのは、母方の伯父・橋本実麗その人だった。
***
「――和宮さんご降嫁の話が具体的に動き出したんは、今年の頭かららしいんやけどな」
譲った上座に腰を下ろした実麗は、藤子が出してくれたお茶に手を付けることもなく、どっと疲れたような表情で手にした勺を口元に当てた。
重要な話だからと、実麗が来訪した時点で、その場には和宮の母・観行院と乳母の藤(藤子とほぼ同じ名で紛らわしいが、二人とも本名である)も同席している。
「そもそも、公武一和の為に、公方さんと天皇家の姫宮さんとを娶せるいう話が出た時は、何も和宮さんをいう話やなかったはずなんや」
ちなみに、『公方』というのは、徳川将軍を指す呼称だ。
「公武一和って?」
「公武合体とも言うらしい」
「幕府の政策のことです」
実麗の説明を引き取ったのは、藤子だ。
「その名の通り、公と武、つまり天皇家と将軍家を一緒にすることによって天皇家の威光を借り、失墜した権威を何とか持ち直そうというのが幕府側の思惑のようです」
和宮は、覚えず眉根を寄せた。
「……一つ訊きたいんだけど」
「はい、宮様」
「幕府の権威って失墜してるの?」
「そのようです。浦賀に米国の船が来航し、無理矢理に迫った開国要求に首を縦に振ったのが弱腰だと、一部の幕臣も非難しているとか」
「宮は、廷臣八十八卿列参事件について知ってるかな」
実麗同様、珍しく難しげな顔をしていた熾仁が、ふと口を開く。
「廷臣……何?」
熾仁の表情とは違う種類の難しい単語に、和宮は眉根を寄せた。
「廷臣八十八卿列参事件。二年前に、老中の堀田正睦殿が、米国との条約の勅許を求めて上洛したことがあったんだ。簡単に言うと、その時に、条約締結に反対する公卿や殿上人が抗議したことを指す事件だよ」
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