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二年前――ということは、和宮は十二歳の頃の話だ。
「熾仁兄様、お詳しいのね」
「私自身、単独で反対の建白書を提出したからね」
「わたくしの父もです。父は、八十八卿の中に名を連ねておりますが」
藤子も神妙な表情で口を挟む。
「へえ……そうなの? それで、その条約とやらはそのあとどうなったの?」
「主上の反対のお気持ちも強く、結果を持ち帰れなかった堀田殿は一時辞任に追い込まれ、結局そのあと幕府側が独断で調印してしまったそうです。主上も当時はひどくお怒りで、その頃から幕府への不信感をお持ちのようです」
「そう……」
眉を顰めたまま、吐息と共に言った和宮は首を傾げた。
「……でも、それと幕府の権威失墜の話がどう繋がるわけ?」
「直接繋がるかと言えば、関係はないかも知れません。ただ、黒船来航から最初の条約調印に至る過程で、鎖国体制が崩れたことで、幕府への不信が徐々に高まっていることも否定はできないかと」
「藤姉様も詳しいのね」
「情報収集も勤めでございますれば」
凛と答える藤子も、やはり美しくて憧れる。
「それはともかく……」
権威を取り戻したい、と思うのは別に構わない。
政治を執る身としては幕府も必死なんだろうから、好きにやったらいいと思うが、和宮にとっての問題はそこではない。
「伯父様は今、公武合体の話が出た時、将軍に娶せる皇女はあたしって断定されたわけじゃなかったって仰ったわよね?」
「そうや」
「だったら、どーして今更あたしに白羽の矢が立っちゃったわけ? そもそも、幕府が立った時に朝廷と貴族を政治から引き離しといて、自分が困ったらニコニコすり寄ってきて仲良くしましょうってちょっと違うんじゃない?」
「宮様。正確に言えば、武士が朝廷から政権を取り上げたのは江戸幕府成立よりももっと前ですが」
「ご丁寧な訂正ありがと、姉様」
投げやりに言って、和宮は立てた膝に肘を突いて、また一つ吐息を漏らした。
「……百歩譲って『困った時はお互い様』とか言うんならそういうことにしておいてもいいけどさ。でも……」
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