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「その通りや、兄さん。第一、宮さんにはすでに熾仁親王さんいう許婚があらしゃいますのに……」
母が、正確に和宮の言いたいことを代弁してくれる。
「そう、それよ。あたしが問題にしているのもつまり、『婚儀も目前に迫ったこの期に及んで何を血迷ってるのか』っていうことなのよ!」
ビシッと、どこへともなく人差し指を突き付ける。
それ以上寄せようがないほど眉根を寄せた和宮と母に、負けず劣らず渋くなった表情を崩さないまま、実麗が溜息と共に答えを口に乗せた。
「今の天皇家に適齢、且つ独身の姫宮さんがほかにいてへんからや」
「……はい?」
何だその、身も蓋もない回答は。と言いたげな和宮に構わず、実麗は言葉を継ぐ。
「和宮さんのほかと言えば、宮さんの姉宮に当たられる敏宮さんと当今さんの姫宮であらせられる寿万宮さんやが、敏宮さんはとうに三十路を超えてはるし、寿万宮さんは去年お生まれにならしゃったばかりの赤ん坊や」
ちなみに、腹違いの姉である敏宮は、別段嫁き遅れて独身、というわけではない。彼女には、歴とした許嫁がいた。婚約したのは敏宮が十一の時だが、その翌々年、肝心の許嫁が亡くなってしまったので、以来結婚せず独身でいるというだけの話だ。
一般人なら、妙齢になれば、ほかに改めてよい相手を探して結婚するだろう。しかし、皇族の『婚約』というのは結婚と同等の意味を持っている。婚約後、正式に夫婦となる前に相手に先立たれても、その後ほかの相手と結婚するということはまずあり得ない。
「一方の現将軍・家茂さんは、当年和宮さんと同じ十四歳。年齢も釣り合うから、熾仁さんとのお話はなかったことにして早うご降嫁あれ、というのが幕府の官僚方の言い分や」
(……何なのよ、ソレ)
呆れてモノも言えないとはこのことだ。
年齢が釣り合うから、一度は幕府も認めた結婚話をなしにして早く嫁に来いとは、随分一方的で乱暴な論説である。
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