第一幕 崩壊

6/10
前へ
/211ページ
次へ
 そもそも、『年齢が釣り合えば誰でもいい』的な論理が気に食わない。 「……それでお兄様……いえ、主上(おかみ)は何て……?」  そう、腹違いの兄である現帝さえ断ってくれれば、この問題はそれで片が付くはずだ。  和宮は、ワラにも(すが)る思いで、伯父の顔を見た。 「もちろん、有栖川宮(ありすがわのみや)さんとのお約束はもう十年も前からのことやし、お式の日取りも内定済みやと、斯様(かよう)にお断りにならしゃいました」  ある意味、予想通りの返答に、ホッと胸をなで下ろし掛けた。けれど。 「しかし、これで果たして幕府が引き下がるかどうか……やな」  一縷(いちる)の望みをあっさりくつがえすような台詞が続いて、上昇しかけた気分は元通り地に墜ちる。  発言した伯父は言うまでもなく、母、藤、熾仁(たるひと)や藤子の表情も一様に重い。和宮(かずのみや)自身のそれも、似たようなものだ。 「――大丈夫……」  まるで、江戸から迫り来るかのような暗雲を払いのけたい一心で、和宮は無意識に言葉を絞り出していた。 「だって、お兄様がお断りになったんだもの。幕府だって従わないわけにはいかないはずよね……」  呟くように室内に落ちた和宮の言葉に、同意してくれる人はいなかった。  そうであって欲しいと願う気持ちは、きっと、その場にいた誰もが同じだったとは思うけれど。 (大丈夫……)  俯いて、膝に置いた手を無意識に握り締める。  一抹の不安を振り切るように、和宮は自分に言い聞かせていた。  兄帝が同意しなければ、幕府だって無理強いはできないはず。絶対に大丈夫だ、と。 ***  しかし、天皇家の威を借りて何とか権威回復したい幕府は、天皇家(こちら)が思う以上に必死だったらしい。  初めて破談の話を聞かされた日以上に、心なしか青い顔をした熾仁が、『その(しら)せ』を持ってきたのは、深刻な話題とは思い切り不釣り合いな、青空の広がる昼下がりだった。 「……正式に、破談……?」  たった今熾仁に告げられた、信じられないような言葉を、唇が勝手に反芻(はんすう)する。自身の御座所に、弱々しい呟きが力なく落ちた。文章の意味が、うまく頭に入って来ない。
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加