早乙女優希

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早乙女優希

「早乙女くーん、聞こえてますか?」 「...え、うん、。聞こえてるよ。PKをどっちに蹴るかなんて、今聞かれても、困るだろ?」  つい五分ほど前に、村上という生徒が、突如、僕の前に現れた。  そして、週末に行われる全国高校サッカー大会の決勝戦で、PKをどっちに蹴るか、聞いてきた。  サッカーにおいて、PKを蹴る瞬間は少ない。  敵陣のペナルティエリアと呼ばれる範囲で、味方がファウルされた場合か、あるいは延長戦を終えても試合が決まらなかった時の、決着をつけるためのPK戦のみである。  つまり、敵にファウルする隙も与えず、引き分けのまま終わらなければ、PKを蹴ること自体がない。  そんなサッカーの知識も乏しい、変な質問をしてきた村上という生徒に、少し苛立ちを感じたが、揉め事は避けておきたい僕は、PKを蹴ることにはならないと告げた。  すると彼は、 「いや、だから俺は、早乙女くんがPKを蹴ることになるから、聞きに来たんや。さぁ、どっちや。」  村上は、そんな事いいからというように、僕の答えを急かす。  しかし、僕からすれば、それは自分のチーム、そして僕自身を否定されているようで、イライラは更に募った。 「な、何を言ってるんだよ。なんでそんなことが、分かるんだよ!」 「説明してたら長なるけど、とりあえず答えてみ。なぁ?」  僕は、少し面倒になったこともあって、テキトーに答えることにする。  こいつは、何も分かっていない。  ムキになるほうが間違いだ。 「...じゃあ、右に蹴り込む。」  すると、村上という男は、これだからこいつは、というような表情をして、ドヤ顔で言った。 「だから、外れるんや。男なら、ド真ん中。分かったな。ほな!!」  ポカーンとする僕を放置して、台風は過ぎ去って行った。  そして、その台風はそそくさと、また戻ってきた。 「早乙女くんは、何でサッカーをするんや?」 「え...」  突然、突きつけられた命題だった。  そして、それは僕自身、最近になって、自分に問うている問題であった。 「な、何でって言われても、答えは後で付いてくるもんだろ。」 「何を焦ってんねん。さては、早乙女くん図星やな。俺には未来が見えるんや。」  自分の思い通りに、事が進んでいるのを楽しんでいる村上という男を見ていると、虫唾が走った。 「さっきから何なんだよ!未来が見える?そんなわけないだろ。」 「未来が見えるから、言うてるんやろ。PKは真ん中に蹴れって。」 「じゃ、じゃあ、俺は何のために、サッカーをしてるか分かってるのか?」 「男がスポーツをする理由は全員一緒やろ。それは上手いも下手くそも関係あらへん。」 「全員一緒なら、未来が見えるのとは、何の関係あるの...」  と質問としている僕を制して、村上は続ける。 「男がスポーツしたり、音楽をやる理由は一つ。女にモテるためや。それ以外にあるかいな。だから、早乙女くんも恥ずかしがらずにド真ん中に蹴り込め。」  そこで、僕はその命題の答えが、それではないことは分かった。  けれど、その他に、何を返せばいいのか、その時の僕には分からなかった。 「なぁ、言葉に詰まるってことは、図星やろ。でも、そこはかっこよく、世界一のサッカー選手にとか、なんかそんなんで、オブラートに包んで答えるんや。早乙女くんになると、そういうインタビューもあるやろ。」  ズケズケと、僕の心に侵入してくる村上に、イラッとしながらも、案外まともなことを言うやつだなと思った。  実際、僕はその勝利後のインタビューのために、困っていた。  毎試合、その試合で活躍する度に、高校生でも、そういったインタビューを受ける機会は少なくない。  周りは、僕のことを未来のスター扱いし、最初に見つけたのは、自分だと言わんばかりに、前のめりで、マイクをぶつけてくる。  しかし、恐らく、僕が重圧に負けて、堕落したときに、手を差し伸べる人は誰もいない。  そういう時には、今は先を見ずに、次の試合に集中してるとか、何とかそれっぽいことを言って誤魔化す。 「早乙女くんの夢はなんなんや?今週の試合で勝って優勝することか?」 「今は、目の前の試合に集中してるから。そう言うことになるね。」  自分でも反吐が出る。  でも、村上はそんな僕の言葉を、バカにすることはなかった。  むしろ、そりゃそうか、と言うような様子を見せている。  その間に、耐えられなくなってら僕は言葉を足す。 「...って、いつも答えるようにしてるんだけど、ダメかな?」 「いや、間違えてないからええんちゃうか。」 「でも、インタビューしてくる人も、いつもそればっかりとか思ってるんだよ。どうせ。」 「それは、インタビューする側が悪い。その答えが返ってくることを、想定しとかなあかん。んなもん、小学生でも、わかるやり取りや。」  村上が言うと、なんだか説得力がある。  さっき出会ったばかりの男に、半ば陶酔思想になっているところを、チャイムが現実にすくい上げる。 「あかん、チャイム鳴ってもうたわ。また話そうぜ。早乙女くん!くん付け苦手やから早乙女でええか。」 「どっちでもいいよ。」 「なんや、釣れへんやつやな。」 「突然来て、変なこと言うから、少し混乱してるんだよ。」 「すまん、すまん。とにかく、男なら、ド真ん中や。分かったか?」 「それは僕が決める。」  と言い、初めて出会った、村上という存在に違和感だけが残ったまま、次の授業の先生が教室に入ってきた。  授業開始を告げるチャイムが鳴る。
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