村上遥斗

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村上遥斗

 むらかみ はると。  俺はこの名前が気に入っている。  何故かと聞かれても困る。  名前とはそういうものだ。 なんかかっこいい。 それだけで、理由に成り得ると思っている。  周りからは、学内で少し勉強ができるだけで、天才扱いされたりする。  しかし、簡単に東大に行けるほど、勉強もできないし、オリンピックに出るほど所謂、運動神経も持ち合わせていない。  だから、皆がイメージするような順風満帆の人生を送っているとは思わない。  しかし、うだつの上がらない毎日を送っているわけでもない。  友達も少ない方ではないし、何ならクラスでは盛り上げ役で、喋り相手も男女問わず、いっぱい居る。  人生を謳歌している自負はある。  そりゃあ、すごい才能を見せつけられた時には、少し羨ましくも感じる。  ただ、余りにもすごすぎる才能を持つことで、大変な人生を歩む人も、少なくないと思うと丁度いい。  それが俺の人生だ。  そんな満足のいく人生を謳歌していた俺は、大きな過ちを犯した。  それは、俺にとって、当たり障りのない「ちょうどいい」進学校を受験し、入学するつもりだったが、俺が入学した高校が、全国でも有名なサッカー強豪校であったことだ。  元々、サッカーに興味のなかった俺にとって、毎シーズン全国大会まで勝ち進む校内唯一の部活動は、学校の最も誇らしい部分であった。  そして、学校側は、そこに全ての金と力を注いだ。 バスを借り出して、全校生徒による応援も辞さない。  まさに今、そのバスで国立競技場に向かっている。 「あぁ〜、俺の夏休みは、サッカーと宿題で終わりかぁ〜。」  悲劇のヒロインのような大袈裟な反応に、クラスメイトであり、同じく盛り上げ役の山田は、面白がって答える。 「遥斗は、ほんまにサッカーのこと興味無いんやな!この高校は、それだけが取り柄やのに。」  山田の言うことには、一理あった。  多くの高校がある大阪において、他の高校との差別化は必須で、俺が夢見た「ちょうどいい」学校なんて、既に少ないのかもしれない。  そこまで頭が至らなかった自分に腹が立つ。  俺の進路選択が悪いのは分かっていながらも、サッカーが自分の人生を大きくねじ曲げてしまった、主悪の根源のように感じて、皮肉る。 「何が楽しくて、球を蹴って勝負しようと思ったんやろな。」  山田は、更に面白がる。 「遥斗が、この高校を選んだみたいに物事の理由なんて、別に深くねぇんだよ!」  その答えが、俺にとって何故かしっくり来て、山田との居心地の良さを感じさせてくれる。  山田は、普通のアホではない。 物事の核心をつくようなことを、恥ずかしげもなく言える質である。  ただ、山田はいわゆる「負け組」で、強豪校で全国大会に出場することを夢見て入学したが、入部してすぐに、自分の実力とチームの力の差を見定めて、自分の居場所では無いことを悟った。  俺はそんな山田の潔さが好きだった。 「山田は、何でサッカーなんてやろうと思ったんだ?」  このように俺がサッカーを小馬鹿にしても、山田は眉ひとつ動かさず、それが当然の疑問のように聞き入れてくれる。 「誰だってさ、自分は特別な存在だって思いたいんだよ。」 「俺は思わねぇよ。今のままで十分だ。」  笑いながら、山田は続ける。 「まぁ、聞けよ。その特別なものが、俺にとっては、サッカーだと思ってたわけ。これでも中学の時は、市内の選抜チームに選ばれたりしてたんだぜ?」 「それがすごいのかは、一旦置いといて、それなら何故、すぐに、その特別なものを手放した?」 「もっと特別な存在を、入部してすぐに目の当たりにしたからや。」 「もっと特別な存在?」 「うん。今日の試合も出るかもしれない。1年で唯一、メンバー入りしてる早乙女っていうやつや。」 「早乙女?えらい、女々しい名前やな。」 「東京の中学から、全国大会目指して、ここに入学したエリートや。」 「サッカーするために入学したんなら、俺とは、真逆やな。」 「いや、遥斗の方が少数派やで。俺は、すぐに諦めた負け組やけど、まだ自分を信じて努力を続ける生徒が、この学校には、いっぱいおんねん!」 「待て待て。負け組のお前から聞いても、何も入って来やんわ!」  俺たち2人の会話は、クラスメイトを乗せるバスの中では、漫才のように聞こえていたようで、バスに乗っている同じクラスの生徒たちも、面白がって聞いているのがわかる。  俺は気分が良くなりさらに続ける。 「じゃあ、早乙女くんのサッカーとやらを拝見しようやないか。」  と言って、バスの座席に、まるで王様のように偉そうに座った。 「遥斗、お前は何様やねん。早乙女はな、お前が見てても、見やんくてもゴール決めんねん!」 「ゴールって1回で何点入るんや?野球で言うホームランみたいなもんか?」  俺は、サッカーと野球の違いも分からないため、単純な疑問を早乙女という才能の存在で、少しだけ興味が湧いたのもあり、聞いてはみたが、周りの生徒は、全員冗談だと思って大爆笑した。  俺は自分の無知を知ったと同時に、ここにいる全員がサッカーについて、ある程度の知識があることを認識した。  その途端、急に恥ずかしさが込み上げてきた。 「おい、山田!とりあえず、会場着くまで寝るから、起こしてや。」 「はいはい、仰せのままに。」  山田はわざと王様を讃える家臣のようなポーズを取った。  笑いをBGMに、バスは国立競技場を目指す。
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