山田一輝

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山田一輝

 やまだ かずき。  山田という名字は在り来りで、山田太郎などと、全国で記入例としても、よく使われる至極平凡な名字である。  しかし、日本を代表する山田になれれば、それが山田であろうと、変わった名前であろうと、関係ない。  要は、中身だ。  俺は敢えて、山田という名字に挑む。  そんな気持ちを常に持っていた。  名前とは、ただの記号のようなものであり、付加価値がつけば、どんな名前でも、自分を個として、覚えてもらえる。  その付加価値として、俺が見据えた目標は、サッカー日本代表であった。  高校への入学が決まった。  そこは、サッカー全国大会進出常連校で、特に近年は、何度も優勝をしている。  将来のプロ入りが決まっている選手も、多く所属するサッカー部には、ひと学年だけでも、部員数が、百人は優に超える大所帯である。  それでも、俺には、何故か、サッカー部に入って、プロを目指す根拠の無い自信があった。  小学・中学校時代は公立の学校の部活動に所属していた身でありながら、大会などで、目立った成績を残すことができた。  そのため、県内の選抜チームに選ばれた事もあり、技術・功績のどちらも、周りには劣っていない、と思っている。  そして、チームメイトに決して恵まれていた訳では無い中で、あれだけの活躍ができたのだから、周りがプロ並みの強豪校であれば、自分の力は、更に発揮できるのでないか、という想像を超えた自分にも、期待をしている。  しかし、その思いは、入部して一ヶ月で、目の前で崩れ落ちていった。 「山田、お前は、うちのサッカー部には向いてない。」  そう言うのは、俺の所属するBチームのコーチだ。  俺は言わんとしていることを理解しながらも、言い返す。 「入部して、たった一ヶ月で、何が分かると言うんですか?」  コーチは淡々と、そして、冷たく続けた。 「うちは全国レベルの強豪だ。お前も県内の他の強豪であれば、十分、三年生になれば、それなりの地位になれる。だが、うちのチームじゃ、三年生になって、ベンチ入りしても、試合に出られるチャンスはない。お前が高い目標を持っているのは、知っている。それに、ほとんどの1年が、CかDチームでやってる中、既にBチームでやれてるのは、評価している。だからこそ、お前はわかってくれると思って、伝えてるんや。」  これには、俺も同意するところだった。  自分の力は本当に想像以上だった。  徐々にゆっくりとスタメンまでの道を登っていくと思って、入部したにも関わらず、わずか一ヶ月足らずで、チーム内で上から二番目のカテゴリーで、三年生が過半数を占めているBチームでプレーすることができていた。  ただ、コーチの言葉は、間違っていなかった。  しかし、俺はそれを否定したかった。  わかっているからこそ、否定させて欲しかった。  非常にも、コーチはさらに続ける。 「プロ入りしたいなら、試合に出て、周りからの評価が必要になる。下手なことは言わん。他のクラブチームでもええ。お前に実力があるからこそ、違う道がないかと、俺も苦心した結果こうやって、伝えて…」 「結局は、早乙女がおるからやろ?そう言ってください。」 「…あぁ。そうだ。早乙女がいる限り、他のストライカーにチャンスはない。これまで、ここで、何年間もコーチをして、プロや日本代表の卵を見てきたが、日本代表に今からでもなれる選手に出会ったのは、今年が初めてや。」  ―あぁー、結局そうか。  自分の中で、全て分かっていたつもりであったが、自分の中で苦悩することと、他人から指摘されるのとでは、大きく違う。  他人からの指摘は、即ち、戦力外通告だ。  俺の中で、何かが崩れる音が聞こえ、それとともに、少し安堵している自分がいる。  俺は、日本代表を夢見た山田の一人であって、特別な山田ではなかった。  何をムキになっていたのだろうか。  そこで、内なる冷静な自分を、生まれて初めて認識した。  大人になるということは、何かを諦めることだ、と誰かが言っていた気がする。  じゃあ、大人って、みんなすごくダセェ人間だな。  と感じつつも、そこに片足を入れて、肩の荷を下ろそうとしている、自分がいる。  心は晴れ晴れしているにもかかわらず、悔しさと無念の気持ちが、込み上げてくるのを堪える。 「そうですか。なんか、スッキリしました。ぜーんぶ、わかりました。俺、サッカー辞めますわ。」 「いや、俺は、何も、そこまでは言っていない!山田がプロ入りを目指せる逸材であるからこそ、ここ以外の居場所を探ったらどうかと、提案してるんだ。」 「コーチ。俺の夢は、日本代表のストライカーです。どこ行っても、早乙女に勝たれへんかったら意味ないんですよ。俺は、あくまで平凡な山田で、早乙女は日本を背負う。俺の夢も背負ってもらおうと思います。勝手ですかね。」  少し笑った俺の顔は、涙でぐしょぐしょになっている。  その次の日、俺は退部届を提出して、サッカー部を去った。  今でも、何一つ後悔はしていない。  俺は、唯一無二の山田になるために、できる限りの事はできた。  そして、現実はそんなに甘くないという、多くの人々が経験するであろう壁に、ぶち当たる事が出来た。  そこからは、他の部活を始めるわけでもなく、平凡な山田の生活が始まった。
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