小林凌

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小林凌

 こばやし りょう。  これが、サッカー強豪校のキャプテンである、俺の名前だ。  まさか、入学した頃は、この強豪校のキャプテンを担うことになるとは、思いもしなかった。  全国から、素晴らしい選手がスポーツ推薦で入る中、俺は普通科で入学した。  スポーツ選抜、いわゆるスポセン組とは違い、基礎練習から、みっちり行う部活生活が始まった。  我が高校のサッカー部は、AチームからDチームまであるが、入部して一ヶ月もすれば、同級生の中でも、大きく差ができる。  俺のように、一年生の間は、Dチームに居続ける生徒がほとんどである。  中には、入部当初から原石として、光輝いている選手は、既にAチーム、Bチームに進んでいる。  俺にも、この高校でサッカーをする自信が無いわけではなかった。  むしろ、自信があったから普通科から入部して、スポセン組にチャレンジしたかった。  でも、彼らとの間に大きな壁があることも、重々承知していた。  誰に何を言われようが、諦め切れない。  それが、俺のいい所でも悪い所でもある。  誰よりも努力しようと誓い、それを実行した。  雨の日も、部活が休みの日も、誰よりも早く練習を始め、誰よりも遅くまで  ボールを蹴り続けた。  その結果、身体が付いてこなかった。  全治二ヶ月の疲労骨折。  Cチームどころか、サッカーからも離れざるを得なくなった。  しかし、俺は本当に、諦めの悪い人間だ。  ここでも、まだ諦め切れなかった。  そして、これをプラスに変えるしかない、とも思った。 「小林、調子はどうや?」  Dチームのコーチが、入院した病院に、お見舞いに来てくれた。 「一週間くらいは、とりあえず入院みたいです。ただ、サッカー出来るようになるには、二、三ヶ月かかるみたいです。」 「チームに戻ってくるつもりか?」  それは、どういう意味ですか?、と聞きたい気持ちもあったが、理解できないほどのバカではなかった。 「コーチ、お願いがあるんですけど...」 「ん?どうした?」 「退院したら、どうせ、ボールをけれるようになるのに、三ヶ月くらいかかります。その間、Aチームに帯同させてくれませんか。」  自分から出た言葉に驚きつつも、自分の諦めの悪さに、妙に嬉しさが込み上げた。  コーチからは、明らかに戸惑いが見られた。 「それは、監督含めて確認してみるから、とりあえず、まずは怪我を治すことやな。」 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」  ―結局、俺の願いは、聞き入れてもらえた。  そして、サッカー人生が大きく変わった。  Aチームに帯同し、原石、そして、その選手たちが宝石に変わっていく様子を、一番近くで毎日見ることができた。  この三ヶ月間の経験が、俺のサッカー人生を決定づけた。  怪我が治って、Dチームに戻った時には、今までの自分とは違う感覚があった。  ピッチが俯瞰的に見えて、選手がスローモーションに見えるのだ。  この感覚を、いち早く察知したコーチは、俺をBチームまで飛び級させて試した。  そこでも、その感覚は変わらなかった。  練習試合とはいえ、センターフォワードで出場した俺はその日、ゴールを量産した。  負傷期間が明けて、Aチームのベンチに入って試合に途中出場するまでに、半年もかからなかった。  全国高校サッカー選手権は地区予選が夏から始まり、年が明けた一月からテレビでも放映される、全国大会が始まる。  その大会のベンチメンバーに選ばれた。  試合には、途中出場ばかりだったが、一年もしないうちに、Dチームから、ここまで上り詰めたのは、シンデレラストーリー以外の何物でもない。  そして、この時の努力を、残りの二年間続けることを誓った。  ―その年の選手権は、優勝を果たした。  三年生が引退して、学年が一つ上がり、二年生ながら、俺は不動のレギュラーになった。  一年間、一年生のとき以上の思いで、努力をした。  二年生で、レギュラーになっているのは、俺を含めて三人だけ。  死に物狂いで、必死に自分のポジションを、みな守っていた。  二年生で迎えた全国高校サッカー選手権の地区予選。  しっかりと勝ち続け、全国への切符を手にした。  今回、優勝すれば、当時どの高校もなし得ていない三連覇を、我が校が果たすことになる。  監督、コーチ含め、今年のチームが、歴代と比較してても、一番完成されていると言っていた。  そして、俺自身も、それを感じていた。  これは、奢りとかそういう類いのものではない。  実際に、他の高校との対戦成績を見ても、それは事実であったし、Jリーグに内定している三年生の数も、過去一番多かった。  ―しかし、その年の全国大会は、2回戦で負けた。  とても呆気ないものであった。  相手は、全国大会初出場で、控えめに言っても強豪とは言えなかった。  ボール保持率、シュート数など、試合の主導権を表す数字は、全てうちが上回っていた。  ただ、負けたのは、至極簡単な理由であった。  得点力の差。  俺のシュートは、一試合で十本以上、ポストを叩いた回数は三回。  それでも終わってみれば、無得点。  そう、俺がゴールを決めなかったから、負けた。  同時に、先輩たちの引退が決まった。  先輩たちは、口々に言った。 「お前には、来年がある。ここが終わりだと思うな。今の気持ちを、大切にしろ。」  俺は、三年生の引退と同時に、キャプテンに自ら立候補した。  そして、それに疑問を抱く選手もおらず、俺はDチームから抜け出せなかった、あの時から続けた努力で、強豪校のキャプテンになった。  そして、来年こそは、全国高校サッカー選手権で優勝する。  それだけが、自分の中で、そして、チームの目標になった。 
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