村上遥斗

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村上遥斗

「おーい、遥斗!遥斗!起きろって!会場着いたぞ!」  俺の眠りを妨げたのは、同級生の山田だった。  そうか、俺はサッカーの試合を見るため、バスに乗って、長旅のほとんどを、寝て過ごしたのか。  これから退屈な試合を、見ないといけないのだから、ちょうどいい小休止だ。  寝る前に、野球とサッカーの違いも分からず、不貞寝したのを思い出し、ほんの少しだけ、恥ずかしさを思い出す。  しかし、山田には、バレないように、俺の眠りを妨げたやつは何とかと、威張って見せた。  我が校は、この試合に勝てば、チームのインターハイ優勝が決まるらしい。  インターハイなど、漫画や映画でしか、聞いた事ないが、この高校に入ったのだから、身近になるのも、仕方ない。  まぁ、授業を受けるよりは、幾らかマシかと、自分に言い聞かせ、玉蹴り遊びを見る決意をした。 「おい、山田。なんもルール分からんから、解説頼むで!」 「はいはーい、見返りは?」 「そんなもんあるか!お前は、経験者やねんから、当然や!」  さっき、バスの中で、野球とサッカーの違いも知らず、恥を晒した俺は、あまり多くを語らず、試合を山田に説明してもらうことにした。  山田は、間抜けなのか優しいのか、そんなところまで踏み込んで来ず、任せろと胸を叩いている。  そんなところも、心地いい。  山田と仲良くしている理由を、改めて痛感した。  ―ピィー!!  東京のスタジアムに、試合開始を告げるホイッスルが鳴る。  それと同時に、何か違和感を感じた。  鳴り響いたホイッスルの音。  風で揺れる新緑の芝生。  何かが、俺の中に流れ込んでくる。  そして、脳内で映像が流れた。 「ん?なんやこの感じ。」 「お?どうした?テンション上がってきたか?興味無いとか言うて、何やかんやミーハーやな。」  隣で、ニヤニヤと見ている、山田であったが、いつもと雰囲気の違う俺に勘づいたのか、本当に心配するような表情をした。 「おい、遥斗。どないしたんや。」 「俺にもわからんねん。」 「何がわからんねん。」 「なんで分かるんかが、分からんねん。」 「ん、なんや?謎かけか。」 「この試合、三点取って、うちが勝つで。」 「え…」 「やから、この試合は、あの何やっけ?一年坊の。」 「お前も一年坊やろ!早乙女くんか?」 「そう、早乙女くんが、後半に三点決めて、逆転勝ちする。」 「おいおい、サッカーがどういう競技かも知らんやろ。野球とごっちゃになってるやつに、何がわかんねん。」  何を言い出すかと、少し期待していた山田は、呆れている。  だが、俺にとっては、不思議だが、確信を持っている。  ホイッスルが鳴ったと同時に、全ての得点シーンが、脳の中で再生されたのだ。  ―試合は、我が校が、一点ビハインドの状態で、ハーフタイムに入った。  そこで、山田がお菓子でも食べるかぁー、とじゃがいものチップスを、ヒラヒラさせてくる。  俺は、それを口で、山田の手から奪い取る。 「この試合展開で、後半逆転するのか。今日の早乙女くんら、あんまりツイてないで。しかも、三点も取るんか。ちょっと信じかけた自分が、アホらしなったわ。」  確かに、今日の早乙女という一年坊の出来は、未経験者の俺でも分かるくらい、精細を欠いていた。  シュート数だけを見ると、相手を上回っているが、どのシュートも的外れで、入る気配がない。  しかし、俺は何故か、自分の感覚に、自信があった。  そして、そうなることが、決まっていることであるように感じた。  そこで、面白い遊びを、思い付いた。 「おい、山田。お前は、早乙女くんが得点すると思うか?」 「うーん、どうやろな。今日は、厳しいかもな。」 「そう思うか?そしたら、俺の言う通りに、三点入ったらどうする?」 「そんときは、お前の夏休みの宿題、どれかやったるわ。」  しめしめ。  かかった魚は、デカいぞ。  取り逃がす訳にはいかない。  もう一声いけそうだ。 「いや、ダメだ。全部やってくれ。俺の言う通りになったら、夏休みの宿題全部やってくれ。」 「え?ほんまに言うてる?...もし、三点入らんかったら?」 「俺がお前の分、全部やったる。」 「マジで?早乙女くんが三点やで?他の人がゴールしてもアカンで?」 「おう、なんなら、後半に早乙女くん以外が決めた時点で、お前の勝ちでええ。」 「うっそ!アホちゃうか。後で後悔しても知らんからな!」  山田は、既に、夏休みのこれからの遊びの計画に夢中になって、上の空になっている。  それもそうだ、これから楽しいことしか起こらない、高校生の夏休みの間で、唯一モヤモヤだけが残る「宿題」という大人の押しつけから、解放されると思っているのだから。  しかし、絶対にそうはならないのだ。 「どうしよ、どこ遊びに行こかな!!誰かと良い感じになったりして!彼女まで、できちゃう?先抜けしまーす!」 「今のうちに吠えとけよ、負け犬が。」  内心では、少し賭けすぎたかな、と思いながらも、自分の中の確信に、胸がドキドキしているのを感じた。  選手たちが新緑のピッチに足を踏み入れ戻ってくる。  ―ピィー!!  後半のキックオフで、ボールが動き始めた。
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