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早乙女優希
早乙女優希。
以上。
僕は、自分の耳を疑った。
ベンチに入って、小林キャプテンにアクシデントがあれば、出場するくらいの気持ちで来た。
自分は、まだ入部して時間も経っていない上に、小林さんは、このチームを引っ張るキャプテンだ。
しかし、小林さんが言った通り、僕の名前が監督の口から出た。
ポジションは、センターフォワード。
仕事は、ゴールを決めることのみ。
海外など厳しい環境では、ゴールを決めるかだけで、その選手が良い選手かどうか判断されるほど、ゴールが重要視されるポジションである。
そして、インターハイ予選の一回戦とはいえ、負ければ終わりのトーナメント戦。
そこで求められるゴールという結果が、至極重要であることは、誰の目にも明らかであった。
少しだけ、心が騒つく感覚があった。
活躍できる自信はあった。
しかし、それが出来なかった時の失われるものの多さを、数え始めた自分の中の存在が、自信のなさの裏返しに思えたからだ。
僕が本能的に、自信がないことを示しているように思えたのだ。
そこで、監督と小林キャプテンに呼ばれた。
「小林さん…本当に僕…。」
「なんや、お前、まさか自信ないとか、言うんやないやろなぁ。お前さんをスタメンにしたのは、俺だけの判断やない。いや、むしろ、俺だって早乙女と同じチームの選手や。今回の決定は、練習や練習試合を見てた監督が決めたことなんや。なぁ、おっちゃん!」
小林キャプテンは、監督をおっちゃんと呼ぶ。
大阪では、親族の関係になくても、仲のいい大人に対して、おっちゃん、おばちゃんと呼ぶ。
監督は、いつも注意するが、心底嫌がっているようには見えない。
監督が、小林さんのことを凌、と下の名前で呼んでいるのが、何よりも信頼の証だ。
「おい、凌!監督に対しては、敬語で喋れと何回言えば分かるんや!まぁでも、凌の言う通りや。正直、早乙女が入ってきた時は、高校サッカーと中学までのレベルの違いを教えたろうと思っとった。」
「昔からおっちゃんは、意地悪やからなぁ。」
監督は、小林さんの言葉を否定することなく、頭のてっぺんをぽりぽりかいて、恥ずかしそうな顔をしながら続ける。
「そしたらどうや。レベルの違いを見せられたのは、俺の方やった。年代別の日本代表に入る選手は、うちの高校で、これまで何人も見てきた。どいつも選ばれるに相応しい実力を持っとった。でもな、そいつらが全員プロになったかと言われたら違う。あくまでも、高校生レベルなんや。」
「おっちゃんは、この高校で、ずーっと監督やってるから、早乙女みたいな子が入ってきても、他の選手と変わらんように指導することを当たり前やと思ってくれてる。日本代表だろうが、プロチームのスカウトが見に来ようが、チームが勝つための選手を選ぶ。」
「そう、それが俺のモットーやと思っとる。でもな、早乙女。自分の想像を超えたものが、目の前に現れた時、人間はどうなると思う?」
監督は、僕が答えを持っていると言うよりは、自分の中の解答を噛み締めるように、僕の答えを待たず答える。
「自分を疑い始めるんだよ。今までの方法は、間違っていなかったか。俺のモットーは果たして、選手たちを幸せにしてきたのか。それを早乙女、お前に突きつけられたんや。」
「おっちゃんが、こんな話を俺にしたときはビックリしたわ。おっちゃんでも、迷うことがあるんやってな。それもあって、今日の試合で使ってみたいっていう見解に至ったっちゅうわけや。」
腕を組んで、鼻息を鳴らして、まるで監督を救った救世主のように振る舞う小林キャプテンを見て、監督が笑う。
「凌はその話を聞いて、泣いてただけやないか。」
「ちょ、監督!そんな嘘は、やめてくれや!!」
二人で大笑いしながらも、否定もせず恥ずかしそうにする小林キャプテンを見て、泣いたのは事実なんだろうなと悟った。
それを見て、僕の中で一種の覚悟が決まった。
「あの、監督。小林さん。僕、とりあえず、やってみます。なんか、色々と悩みましたが、お二人が信じてくれてるのであれば、何とかなっちゃう気がしてます。」
「何とかしてもらわんと困んねん!一回戦で負けたら、さすがのおっちゃんも、クビやからな!」
冗談交じりに、笑いながら話す小林キャプテンだが、監督の立場を考えると、それに近い処分が下されてもおかしくない。
それでも僕は、ブレることはなかった。
「よし。そろそろ始めるか。凌、みんな集めてや。」
「うっす。…しゅーごーぅ!!」
ウォーミングアップを行うために、我が校のスタメン、ベンチ入りしたメンバーが続々と集まった。
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