本編

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お昼休みの直後に音楽の授業がある日、私は早めに音楽室へ行って、合唱曲の練習をしていた。自分がクラスメートの大部分に嫌われていることがわかってたからこそ、これ以上迷惑はかけたくなくて、集中して練習をしていた。ちらほらとクラスメートが集まってきて、後5分で授業が始まるという時、千枝と佳奈美が音楽室へ入ってきた。 「何あれ、超ノリノリで演奏してんじゃん(笑)」 「たいしてうまくもないのにねー?(笑)」 明らかに悪意を持った言葉が音楽室に高らかに響く。一瞬にしてざわめいていた音楽室が静かになった。 バカにするぐらいなら、伴奏者に推薦しないでほしかった。 私は幼い頃から目立つことが苦手で、本当は伴奏だってやりたくなかった。そんな私の性格を知っていたはずなのに「いいじゃん」と推薦してきたのは紛れもない千枝だった。 彼女たちの言葉に、一気に手先が冷たくなった。演奏の途中だったのに、指先が思うように動かない。 結局その日の授業はうまく演奏ができなくて、何度も合唱が中断してしまった。 「あんなに自己陶酔した演奏で下手とか、イタすぎて見てられないんですけど~」 音楽の先生が去った後、千枝が大きな声で言う。陶山は千枝を「ありえない」といった様子で見た後、陶山は千枝に「最低だな」と吐き捨てた。千枝は陶山が私を庇ったように思ったのだろうし、実際陶山は庇ってくれたのだろう。 千枝は陶山の言葉に笑顔を引き攣らせた後、私を睨みつけ、それからそそくさと音楽室から出ていった。彼女がいなくなってから、陶山はいつも通りの笑顔で「気にすんな、そもそも泉本以外ピアノを弾けるやついないんだから」と励ましてくれた。けれど、彼女の一言は、「これ以上演奏したくない」という気持ちにさせるには十分すぎた。 そして私はあの日から、ピアノを一度も弾いていない。 ***
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