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【高校1年生の冬、ちょうど耳が聞こえなくて2年が経った頃、久しぶりに駅で会った。向こうは友達と一緒だったんだけど、俺、久しぶりに会えたのが嬉しくて、声かけようとした。向こうもわずかだけど『あっ』って表情をしたから、俺に気づいていたと思うんだけど、目を逸らされたんだ】
さっきまで太陽の光の眩しさに目を細めるほど晴天だったのに、いつの間にか降り出した雨が、リビングの窓を激しく叩く。雨の音だけが響き渡る空間で、ただ続きを待つ。
【無視される理由もないし、『気づいていないのかな』と思って、そばに寄って行って声をかけたんだ、『久しぶり』って。でも、迷惑だったみたい】
【迷惑……?】
【うん。一緒にいた友達に『何言っているのかわからない』って笑われたのがわかった】
そんな……。
そんなひどいこと……。
【ずっと話していなかったから、俺が口の形から読み取れるっていうこと、忘れていたのかな。でも、耳が聞こえなくなってから他人が自分のことをどう思っているのかわかるようになったというか……こういう時に限って、はっきりわかっちゃうんだよね。それから、俺はどうしたらいいかわからなくて立ち尽くしていたんだけど、そいつはあっという間に友達とどこかに行っちゃった。聞こえなくなってから諦めたことってたくさんあったんだ。音が聞こえなくなって、一人だけ世界から追い出されたような気持ちにもなった。でもね、変わらず接してくれる人がいたことで、まだ世界と繋がっているんだ、世界と繋がっていていいんだ、って思っていたんだけど……その瞬間、本当に一人ぼっちになった気がした】
高橋くんは顔をあげると、切なくて、今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべた。
【自分は他の人と違う音のない世界で生きているんだってわかっているはずなんだけどね。どうしてもあの日の夢を見ると、自分は一人なんだって思い知らされて、辛くなっちゃう】
聞いて良いことなのか、完全に自信は持てなかった。
他の人なら、聞いていなかった。
でも、相手は高橋くんだ。
この世界に来てから一緒に過ごしてきた時間が確かにあって、
この質問をしても、彼との仲が険悪になることはないということはわかっていた。
【音の無い世界って、どんな感じなの?】
地面を打つ雨の音。
窓ガラスを叩く風の音。
お鍋の中で沸騰する水の音。
通知を知らせるスマートフォンの軽快な音。
「向日葵畑へ行こう」と音楽室で誘った時、高橋くんは確かに、私と彼は違う世界にいるということを明確に示した。
だから知りたかった。
世界にはたくさんの音で溢れていて、
高橋くんが言う、彼が居る音が存在しない世界はどんなところなのかを、知りたかった。
高橋くんは少しだけ考える素振りを見せた後、【深い海の底にいる感じかな】と答えた。
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