本編

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「それでどうしたの。こんなところまで来て」 陶山とは普通に話すし、普通にSNSでメッセージのやり取りもする。それでも、こうやって誰もいないところでーしかも二人きりでー相談にのるのは滅多にない、というかむしろ今までなかった気がする。 「実はさ、今月末、母さんの誕生日なんだ」 「へえ、そうなんだ、あのお茶目な」 「お茶目なのは泉本の前だけだよ、怒ったら容赦ないもん」 「ああ、確かに。お弁当事件もあったしね」 中学1年生の時、保護者面談の待ち時間に話したことをきっかけに、今では私を見つけるたびに「涼音ちゃーん!」と手を振ってくれる陶山のお母さん。 でも、怒らせるとなかなか手強いらしくて、陶山がお母さんに反抗したらしい日の翌日のお弁当には、おかずの代わりに「バカ!!」と書かれた紙切れが入っていたことは、当時のクラスメートたちには有名な”面白い”話だ。 「それで? プレゼント準備してあげるの?」 「そう。来年は受験生で時間に余裕ないだろうし、俺、大学の第一志望校、地元じゃないからさ。親父が『一緒に祝えるの今年で最後かもしれないから、何か用意しとけよ』って」 「へえ、いいじゃん。お母さん絶対に喜ぶよ」 私の明るい声とは反対に、陶山は沈んだ声で「そんな簡単に言うなよ」とボヤいた。 「何あげたらいいのか全くわかんねーんだよ」 「もしかして相談事って、お母さんへの誕生日プレゼント?」 「あたり。何がいいと思う?」 「うーん、そうだなあ。お花は?」 「花!?」 陶山は元々大きい目をさらに大きくすると、「そんなの絶対に無理!!」と全力で拒否した。 「どうして? 私、この前お母さんの誕生日に花束あげたけど、すごく喜んでくれたよ?」 「いや、男子に花は無理だわ。買うのも恥ずかしいし、渡すのなんてもっと無理」 「えー、そこは頑張ろうよ」 「いや、他のもので頼む」 「他のものかあ……」 うーん。難しいなあ。 花束、おしゃれなお菓子、入浴剤、香水、化粧品……思いつきはするけれど、なんせ今まで誕生日プレゼントを渡したことがないらしく、初めてのプレゼントにしてはどれも”買って””渡す”にはハードルが高いらしい。
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