本編

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「陶山のお母さん、今もお父さんの病院で一緒に働いているんだっけ?」 「そう。受付してる」 「それなら名前入りのボールペンは? 仕事で使ってもらえるじゃん」 「ボールペン?」 陶山の顔にはありありと”ただのボールペン?”と書かれている。 目は口ほどにものを言う、とは本当によく言ったものだ。 「ただのボールペンじゃないよ? 名前入りのボールペンだよ」 ”名前入りの”を強調してもう一度伝えると、次はきちんと伝わったらしく、「そんなもの作れんの?」と返ってきた。 「うん。名前を入れてもらうだけならそんなに高くないんじゃないかなあ」 スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、検索してみる。 「ほら、名前入りの4色ボールペン、1000円以下だよ」 「マジで? いいじゃん」 「うんうん。名前入りボールペンだったら、芯を変えればずっと使えるし、良いと思う。あ、見て、値段はあがっちゃうけれど、こんなのもあるよ」 画像を拡大してから、彼にスマートフォンを渡す。 「ハーバリウムボールペンだって」 「ハーバリウム?」 なんだかおしゃれな響きだな、と戸惑い気味に呟く彼に、「いいと思うけどなあ、ここ数年で一気に人気になったし」と返す。 「数年経ったらお花が枯れちゃうかもしれないけれど、その時はまた買ってあげればいいじゃん。きっとお医者さんになってお金持ちになっているんだからさ」 「さりげなく受験のプレッシャーかけてくるのやめろよ。この前の模試、どの志望校も合格可能性20%以下で、上条から『どうしても医学部にこだわるのなら志望校考え直せ』って言われたところなんだけど」 陶山は苦笑すると「でもいいかも、毎日使えるしな」と納得してくれた。 「これ、どこで買えるんだろ。できればネットは使いたくないんだけど」 俺がいない間に母さんに開けられそうだから、との言葉に、「確かに」と同意する。 あのお母さんだ。「もう、何勝手に頼んでるの!?」と開けちゃいそう。
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