本編

70/140
前へ
/141ページ
次へ
「泉本、今はピアノ習っていないんだっけ?」 数回通しで練習をした後、「集中力が切れてきた」と鍵盤から指を離した私に、陶山は「ちょっと休憩でもするか」と提案した。リフレッシュがてら、演奏中は閉めていた教室の窓をいくつかあけると、一気に涼しい風が流れ込む。 「習ってないよ。この前の3月に辞めちゃった」 「どうして?」 「通えなくなったの。4月から水曜日の放課後に英語の特訓授業が始まったでしょ? 3月まではあの時間にレッスン通ってたんだ」 「なるほどな」 「他の曜日に変えてもよかったんだけど、あくまでピアノは趣味だし、楽譜があれば大体の曲は弾けるから、もういいかなって」 陶山は私を見ると「ピアノが趣味ってかっこいいな」とニカッと笑った。 「それより陶山、今日は部活休んでよかったの?」 ちょうど音楽室の窓からは、運動部に所属する部員たちが部活に励んでいる姿が見える。もちろんサッカー部も。 「うん。今日、自主練だったから」 「なるほど。サッカー部、大変そうだよね。ほぼ毎日あるでしょ?」 「そうだな。基本的に火曜日と日曜日以外は朝練も放課後練もある」 練習がハードな分、入部したての1年生が夏までに辞めてしまうことも普通にあるようだ。 「その分、本当に頑張りたい奴だけが残るからいいんだけど、それでもちょっと寂しいよな」 今朝も同じポジションの1年生から退部することを聞かされたらしく、陶山は寂しそうに笑った。 それから少しの間陶山の部活の話を聞き、私たちは練習を再開した。5回ほど通した後、曲の始めと終わりを重点的に練習する。「もう少しだけ」といいつつ何度か練習を繰り返すと、気がつけば外は薄暗くなっていた。 「これで明日はなんとかなりそうだな」 音楽室の鍵を閉めながら、陶山は満足そうに笑った。 「そうだね。合唱と合わせると少し狂いそうな気もするけれど、指揮とは合わせられそう」 「そっか。伴奏は合唱とも合わせないといけないから大変だな」 「そうだよー。だから陶山がしっかり指揮してよね?」 「おう、任せておけ」 陶山はドンと胸を叩いた。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加