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動き出す日
おばあちゃんは命に別状はなかったが、お医者さんの言っていた通り記憶に障害が出ているようだった。
私たちが誰かを分からないわけではないけど記憶が朧げになっている。
それに気がついたのは、勉強で忙しだろうからいいと言ったのに、どうしてもと言って聞かない夏美と二人でお見舞いに行った時のことだった。
「あらぁゆりちゃんのお友達? 幼稚園は楽しい?」
水を入れ替えていた花瓶を落としそうになるのをかろうじて掴む。
現実を飲み込めずに俯いていると、夏美がゆっくりと口を開いた。
「うん、楽しいよおばあちゃん。私、ゆりちゃんのこと大好きなんだ」
「あらぁ、ありがとうねぇ。あなた、お名前は何ていうのかしら?」
「私は夏美だよ。よろしくね、おばあちゃん」
夏美が優しく微笑むと、おばあちゃんは夏美の頭をそっと撫でた。
夏美が手招きをするので私も泪を堪えて近づくと、おばあちゃんは私の頭もそっと撫でる。
大好きだったおばあちゃんの手。
しわしわになって、力細く震えている。
私は自分の手を重ねて、ぎゅっとおばあちゃんの手を握った。
***
「ねぇ百合、おばあちゃんが好きだったものとかないの?」
駅へ歩いていく途中、夏美は空を見上げながら尋ねる。
「好きだったものかぁ……」
「それか、小さい頃にした約束とか? 思い出すきっかけになったりしないかなって」
約束。
約束と言えば思い当たることがあった。
あの日、年に一度夜ふかしが許されたあの夜の約束のこと。
「実はね……」
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