02.もっと本気で王冠を狙わないと

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「最後までいらっしゃれば良かったのに。実に賑やかな会でございましたのに、なぁ。兄上が不在とあっては、ジスラン王子も寂しかったのではないですか?」  それはない、という言葉は呑み込んだ。相手はわざと言っている。その証拠に、口元だけはニヤニヤと崩れていた。  宰相はフィリベールが邪魔なのだ。  政敵の娘が産んだ王子より、自分の娘の胎から生まれた王子のほうが可愛いだろう。だから、何かにつけて、フィリベールを遠回しに(おとし)める。  そういう宰相に乗せられて、弟も、誰もかも。  ――考えたくない。  フィリベールが視線を逸らすと同時に。 「陛下は宴でお疲れですかな」  と、宰相は言った。  フィリベールと宰相が話している間に、父王は大きく船を漕ぎ始めていた。  慌てて、その父の肩を掴んで揺する。 「父上。ミュラン宰相が来ました」  もう一度告げる。 「公務の時間ですよ」  だんだん強く揺する。  何度もそれを繰り返してやっと、父は目を開いた。 「うむ…… フィリベールか」  とろん、と微睡んだ瞳。視線がうまく合わせられなて、息を呑む。 「本当にお疲れのようだ」  と、宰相は大声を張った。 「お休みになられたほうがいい。誰かいないのか?」  すると、宰相が来たのとは別の小さな扉から、長身の従者がひょっこりと顔を出した。 「サロモン。陛下を寝室にお連れしろ」  フィリベールが言うと、承知、と返ってくる。その彼に担がれるようにして、父王は部屋を出て行った。  扉が閉まるなり。 「殿下にはお役目が」  宰相の視線が厳しくなる。 「分かっている」  俯いて、父が座っていた椅子に掛けた。  そして机に広げられる、報告と名付けられた書類。  中でも決済が必要なものには、国王代理として、王太子として名を記す。  黙々と捌いていった最後の一件は、特に署名はいらなかった。  南のイリュリアから大使が来るという知らせだ。  昨年、弟とイリュリアの王女が婚約した。兄であるフィリベールではなくて、弟が、先に。この弟、ジスランが成年を迎えたことで、いよいよ王女の輿入れの話を進めたいということだ。 「一ヶ月後」 「庭園では薔薇が満開になっているでしょうなぁ。お見せしなければ」  大使が訪れるのだという日を、フィリベールが呟くと、宰相は体を揺らして笑った。  明るい笑い声。楽しいからだろう、当然だ。  この婚姻は宰相の肝入りで成立したのだ。弟の立場を強固なものとする目的で。  今回に限らない。フィリベールそっちのけで決まる事柄のほとんど全ては、宰相が、やがて自分の利益となると狙って行うことだ。
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