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「最後までいらっしゃれば良かったのに。実に賑やかな会でございましたのに、なぁ。兄上が不在とあっては、ジスラン王子も寂しかったのではないですか?」
それはない、という言葉は呑み込んだ。相手はわざと言っている。その証拠に、口元だけはニヤニヤと崩れていた。
宰相はフィリベールが邪魔なのだ。
政敵の娘が産んだ王子より、自分の娘の胎から生まれた王子のほうが可愛いだろう。だから、何かにつけて、フィリベールを遠回しに貶める。
そういう宰相に乗せられて、弟も、誰もかも。
――考えたくない。
フィリベールが視線を逸らすと同時に。
「陛下は宴でお疲れですかな」
と、宰相は言った。
フィリベールと宰相が話している間に、父王は大きく船を漕ぎ始めていた。
慌てて、その父の肩を掴んで揺する。
「父上。ミュラン宰相が来ました」
もう一度告げる。
「公務の時間ですよ」
だんだん強く揺する。
何度もそれを繰り返してやっと、父は目を開いた。
「うむ…… フィリベールか」
とろん、と微睡んだ瞳。視線がうまく合わせられなて、息を呑む。
「本当にお疲れのようだ」
と、宰相は大声を張った。
「お休みになられたほうがいい。誰かいないのか?」
すると、宰相が来たのとは別の小さな扉から、長身の従者がひょっこりと顔を出した。
「サロモン。陛下を寝室にお連れしろ」
フィリベールが言うと、承知、と返ってくる。その彼に担がれるようにして、父王は部屋を出て行った。
扉が閉まるなり。
「殿下にはお役目が」
宰相の視線が厳しくなる。
「分かっている」
俯いて、父が座っていた椅子に掛けた。
そして机に広げられる、報告と名付けられた書類。
中でも決済が必要なものには、国王代理として、王太子として名を記す。
黙々と捌いていった最後の一件は、特に署名はいらなかった。
南のイリュリアから大使が来るという知らせだ。
昨年、弟とイリュリアの王女が婚約した。兄であるフィリベールではなくて、弟が、先に。この弟、ジスランが成年を迎えたことで、いよいよ王女の輿入れの話を進めたいということだ。
「一ヶ月後」
「庭園では薔薇が満開になっているでしょうなぁ。お見せしなければ」
大使が訪れるのだという日を、フィリベールが呟くと、宰相は体を揺らして笑った。
明るい笑い声。楽しいからだろう、当然だ。
この婚姻は宰相の肝入りで成立したのだ。弟の立場を強固なものとする目的で。
今回に限らない。フィリベールそっちのけで決まる事柄のほとんど全ては、宰相が、やがて自分の利益となると狙って行うことだ。
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