04.見せてはいただけないのですか

3/4
前へ
/136ページ
次へ
「私はただの女官ですので」 「嘘をつけ」 「すくなくとも今は、女官として参りました。こちらの花束を飾ってもよろしいでしょうか」  両腕に抱えたままだったライラックの花束をわずかに掲げる。  ちらりと視線を寄越して。手紙をくしゃくしゃに丸めてから、フィリベールは頷いた。 「花瓶はそこにある。水は汲んでこい」 「かしこまりました」  頷いて、外に出る。  丸められたということは、手紙の内容は碌でもなかったのかもしれない。  水を汲んで帰ってくると、部屋の真ん中のテーブルに向かったままのフィリベールは、今度は鉛筆を紙に走らせていた。  好奇心のまま覗き込んで、アニエスは驚いた。 「絵を描かれるのですか? 殿下が?」 「悪いか」 「いいえ、そんなことは……」  ないけれど、と瞬く。  紙の上に線を結んで形作られていたのは、パンだった。  今朝食べたのかもしれない、ロールパン。 「可愛いですね」 「煩い」 「絵を描くのはお好きですか」  笑いながら問うと、幼い頃からの趣味だ、とフィリベールは受けた。 「この馬の絵もスケッチも、みんな殿下が描かれたのですか?」 「そうだ」  悪いか、ともう一度。フィリベールは口を尖らせた。  アニエスは首を横に振った。  王太子にこんな面があるなど知らない。知らされていない。  セドリックも誰も、先に忍んでいた間諜たちは気付かなかったのだろうか。  それに何より。  女官たちの間で話に上がったこともない。 「絵の師匠などは」 「今はいない」  昔はいたということか、と瞬く。フィリベールはさらにむくれる。 「それに、最近は時間も道具も無いから、大きな物は描かない」  アニエスが言葉を続けないでいると、フィリベールは紙に向き直ってしまった。  だから、アニエスも本来の作業、花瓶にライラックを活けることを始める。  しっかり水を吸い上げたライラックはふっくらと膨らんでいた。その枝を白い陶器の大きめの花瓶に挿す。  薄紅、紫、白の花の山がふわふわと揺れる。  窓際の台に置くと、風を受けて、香りが広がった。 「これで如何ですか」
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加