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笑い声の果てにやがて、独り執務室に残された。
窓から見えるのは窮屈そうな町並み。ごちゃ混ぜの色合いの屋根が続いて、その隙間から生活のための煙が細々とあがっているのが見える。
何をするのでもなくその景色を眺めていたら。
「お仕事、終わってました?」
ひょっこり顔を出したのは父の従者だった。先ほど、寝室へ国王を連れて行くよう、フィリベールが命じた男。
「サロモン」
名前を呼ぶと、彼はずかずかと中に入ってきた。
此奴も背が高い。ついでに腕と脚が長い。上着の袖も下衣の裾も長さが足りていなくて、細い腕と足首が覗いている。
「陛下はベッドでぐっすりお休みですよ」
そう言って、彼は合わせた両手を頬に添えて、首を傾けた。動きに合わせて、銀の髪がさらりと鳴る。
「最近眠ってばかりですねー。起きていてもぼんやりされてますし」
「そうだな」
「お疲れなんですかね。そりゃあね、ミュラン宰相の相手ばっかりしてちゃ疲れると思いますけど」
「……滅多なことを言うな」
睨む。サロモンは肩を竦めた。
「フィリベール様もお疲れでしょ」
言って、彼は長い指先をひょいっとフィリベールの口元に向けた。
「お父上と同じくらい老け込んでますよ。唇は渇いているし、肌も当然ガサガサじゃないですか。隈も酷い。爪も割れてます。髪は伸びっぱなしで、枝毛が目立ちます。お手入れされてます?」
「煩い」
「まあ、このストレスじゃあ、お手入れしても無駄になりそうですよねぇ。本当にもう」
と、一度サロモンは首を振った。
「このままでいいんですか? もっと本気で王冠を狙わないと、いずれ宰相に潰されちゃいますよ?」
言われなくても分かっている、と睨む。くくく、とサロモンは喉を鳴らした。
「まずは味方を増やすところから始めないとですね! とはいえ、愛は王冠よりも冷たい。権威のない貴方に誰も寄って来ないのは当然の流れですので。どうしたものでしょうねえ」
喉を鳴らし続けるサロモンを、フィリベールはじとりと睨んだ。
「その理屈でいくと、おまえは物好きなんだな」
「ええ!? どうしてそういう発想になるんです?」
「おれに話しかけてくる」
「あー、成程。そういう意味ではそうですね」
笑うサロモンからは、ふわりと甘い香りがする。
物好きという意味では昨夜の奴もだな、と。フィリベールはまた彼女のことを思い出していた。
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