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橘さんを電車に残して、私は二階堂と大戸の駅で降りた。
あの手紙を渡したことで、この後の未来がどんな方向へ向かっていくのか、それは分からない。
ただ、私にとっての今日という日はもう二度と来ない。
生きている限り、今日とは違う明日が毎日やってくる。
だから私は今日を精一杯生きようと思う。
「あっ、そうだ。私、二階堂にひとつだけ謝らなくちゃいけないことがあったんだ」
「謝らなくちゃいけないこと? 何かあったっけ?」
「二階堂は覚えてないの。私も本当は忘れなきゃいけない約束だったんだけど……やっぱりどうしても忘れたくなくて。約束破ってごめんね」
「約束? 何のことだよ?」
二階堂の気の抜けた顔を見て思わず笑ってしまう。
「気持ち悪いな。何を忘れたくないって? はっきり言えよ」
「いま?」
私は辺りを見回した。
駅の雑踏が私の背中を押す。
「じゃあ、小さい声で言うから、耳貸して」
私はドキドキしながらかかとを少し上げて、二階堂に耳打ちをした。すると彼の耳がみるみる赤くなり、
「はあ⁉︎ んなこと俺、言ってねえし!」
と、動揺した声を上げた。
「何かの間違いだろ」
「そっか。私も二階堂のことが好きになったって言おうと思ってたのに。振られちゃったか。残念」
私はわざと駆け足になって雑踏をすり抜けた。
「お、おい星野、ちょっと待て!」
二階堂が慌てて私を追いかけてくる。
必死なその顔を振り返って、私は心から安心した。
今度の私の恋は、流れ星に祈らなくても成就しそうだったから。
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