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死はもっとゆっくりやってくるものだと思っていた。
何も分からない子供時代から、仕事と家庭に奔走する長い成人時代を経て、退職後にのんびりするどころか、やっと自分の輝く時間を取り戻したかのようにそこから意外としぶとく長く続く人生。そんなものを夢見ていた。
だけど私は成人にもならないうちに、病気でこの世を去ることになりそうだ。
最初はただの風邪だと思っていた。昔からよく原因不明の発熱があったから、多少の風邪ならいつものことだと軽く流して、市販の風邪薬を飲んで治ったつもりになっていた。けれども、だんだん倦怠感が強くなり、骨や関節が痛くなり、何故か皮下出血をしたりするようになって、ついには肺炎になって入院することになった。
体調不良から2ヶ月も経過しての入院だったこともあり、白血病だと分かった時にはもう病状がかなり悪化していて、その分の全身化学療法もいきなり激しいものを受けざるを得なくなった。今度は抗がん剤による副作用の嘔吐や脱毛といった敵と闘うことになった。
医療の発達によって、近頃は白血病の完全寛解率も70%だと言われているけど、私の場合はもともと体が弱く、感染症にかかりやすい体質だったから、たとえ治ったとしても再発する可能性が高いと言われていた。
薄々は、いや、ほとんど、私は一生この病気から逃れられないんだろうなと思っていた。
だから、昨日の精密検査の結果を知らされた時も、それほど驚かなかった。ずっと苦しみながらぶら下がっていた蜘蛛の糸がとうとう切れたと思っただけ。
私のがん細胞は脳にも転移していた。だからそのうち、もう。
心残りは、この病院で半年前に知り合った私の唯一の友達、基樹のことだった。
彼もある病気で入院していたことがあり、たまたま私のことを知って見舞いに来てくれた。退屈な私の話し相手になればと、看護師さんが逆ナンパをかけてくれたらしい。
穏やかで大人びている基樹は私のスローすぎるテンポに寄り添ってくれて、一緒に戦おうと励ましてくれた。
彼の方が先に病気を完治させて退院した後もその関係は続き、暇さえあれば会いに来てくれていた。
だけどもう言わなくちゃ。
ここには来ないで。
自分ではもう鏡を見ることができないくらい終わっている姿を見られるのも、単語が思い出せなくて途切れてしまう会話も、もうやめたい。
基樹が来てくれて嬉しい反面、彼の時間を奪う申し訳なさが膨らんで、中途半端に生きているのが嫌になる。
「元気がないね」
心配そうに見つめられると、胸が焼けるように痛む。
早く彼に忘れられたいと思った。こんなに辛い思いはもうたくさんだから。
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