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「あのさ」
昼の12時もとっくに過ぎて、そろそろお腹も空いた頃だった。
木陰の芝生でゆったりと足を投げ出した二階堂が私に声をかけた。
「今までの俺は、星野に何か言わなかった?」
「何かって?」
「言ってないならいいけど」
二階堂は私から目を逸らす。
「何? 何か言いたいことがあったの?」
「いや。別に。にしても、ずるいよな」
「何が?」
「なんで俺の記憶はリセットされるのに、星野の記憶はそのままなんだ? 俺も覚えておきたかった」
「……そんなに面白いものでもないよ」
何度も目の前で好きな人が死ぬのを見るのは。
「だからこれが本当に最後。理由が分かったら、もう戻さない。もちろん、橘さんも死なせない」
「もし最後だったら、俺の記憶はもう消えたりしないのかな」
二階堂の横顔は真剣だった。
「そうなんじゃないかな? 今までのことはなくなって、今日の出来事が確定されるんじゃないかと思っているけど」
「そっか。じゃあ──」
すると突然、二階堂が私を大木の裏に引っ張り込んで幹に貼りつけるようにした。
「はっ⁉︎ 何す──」
「静かにしろ」
二階堂も小声になって私の口を手で塞ぐ。
うそ。何これ。何されてんの私。
まさか、二階堂に襲われてる? いい人だと思ったのに、なんで?
心臓がスーパーボールみたいに跳ねた。
どうしよう。叫んだ方がいい?
抵抗してもいいよね? ガチ犯罪だもん。
私は口を塞がれながらも何とかして叫ぼうとした。すると。
「バカっ、声を出すな、あいつに見つかるだろっ」
二階堂は血相を変えてますます強く私の口を塞いだ。
あいつ?
動きを止めた私に、二階堂は早口で驚くべきことを告げた。
「さっき、橘がこの病院の門に入ってきた。俺はいいけど、星野は顔を見られたらヤバいだろ?」
橘さんが?
病院なんかに、何の用があって?
息を殺して、ドキドキしながら二階堂と隠れること五分。
「……もう行った?」
「行った」
二階堂はそう言って、ようやく私から離れた。
一瞬の気まずい空気が流れたけど、すぐに私たちの視線は橘さんの方向へ重なる。
「今、何時?」
「12時40分だな」
「この後、ここで何かが起きるんだよきっと」
「追いかけよう」
私たちはアイコンタクトをして橘さんを再び尾行し始めた。
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