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耳を寄せた二階堂の胸から、彼の心臓の音が聞こえる。
すごく力強く、それは響いていた。
自分とは違うテンポで刻まれる心地良い鼓動を聞いているうちに、私の興奮は海に沈んでいくように収まっていった。
こんなに穏やかに息ができるのが不思議だった。
私はもっとボロボロになるかと思っていた。何度もやり直した挙句、結局失恋したのに、まだ前を向こうとしている自分がいる。
それはきっとこの優しいぬくもりのおかげなんだろう。
「二階堂」
「ん?」
「……さっきはこれで最後だって言ったけど、もう一度だけ今日をやり直してもいい? 戻ってどうしてもやりたいことを思いついたの」
二階堂はほんの少し沈黙した。
「そっか。俺はまたこの記憶を忘れるんだな」
「ごめんね」
「いいよ。さっきのセリフ、エキサイトしすぎててめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたからちょうどいい」
ふっと笑う二階堂の声が聞こえた。
「私は忘れないよ。二階堂に優しくされたこと」
「待て待て。約束が違うだろ。俺の言ったことを忘れろって言ったら分かったって言ったじゃんか」
「もう覚えてない」
「ずるっ」
「ずるくないもん。だって、酷いことなんて言われてないから」
私の肩がそっと押されて、二階堂と向かい合う距離ができる。
まだ夕陽も出ていないのに、彼は少し赤い顔をしていた。
「どうせ忘れるならさ、ついでに言っておきたいことがあるんだけど」
「え?」
「でも俺が言ったら、星野も忘れるって約束してほしい」
「それじゃ、お互いに何のことだか分からなくなっちゃうじゃん」
「それでいいんだよ。今日がなかったことになるからこそ、伝えたい言葉があるんだ」
堤防に吹く風のせいだろうか。私を見つめる二階堂の眼差しが、いつもよりキラキラしているような気がした。
「いいか。絶対に忘れろよ」
彼はそう前置きをしてから、自分の想いを打ち明けた。
「俺は……」
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