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最後の今日
☆
プルルル、プルルル、と電子音が等間隔で聞こえる。
枕元の目覚まし時計だった。
私は目を閉じたまま、手探りで時計を叩いた。頭のボタンのスイッチを押すと音が止む。
私は慌てて飛び起きて、スマホの画面で日付を確認した。
9月10日の金曜日。
最後の今日がやってきた。
『本日、9月10日の運勢が最も悪い星座は──残念、蟹座のあなたです。思いも寄らないことが続いて、ドタバタの1日になるでしょう』
テレビからいつもの占い情報。
「おはようっ」
「あら、元気がいいわね。今日蟹座最悪だって」
「知ってる」
母がテーブルに朝食を運びながら「え?」と半笑いする。
「だけど私の行動で最高にするの。今日、彼氏ができるかもよ」
「本当? どんな人?」
「秘密」
私はいただきますと手を合わせた。急いで食べなきゃ、遅刻する。
電車に乗る前に定期券を落とさないように注意して、乗り遅れを防止。
毎回の落とし穴も知っていれば回避できる。
そして、いつものように本を読んでいる彼の正面に立つ。
やがて電車が急ブレーキをかけて、私は前に倒れそうになる。彼はすぐに手を伸ばして私の肩をそっと支えてくれる。
「大丈夫?」
毎日、この瞳に恋してた。
「はい、ありがとうございます。あの……これ、読んでください」
私は万感の想いを込めて、ピンクの封筒を彼に渡した。
「もしかして、ラブレター? 古式ゆかしいね」
そう言って、彼ははにかむ。
いつもと同じ表情で。
「ありがとう。読んでみるよ。えっと……」
「星野、凛です」
「星野さん。綺麗な名前だね」
私は微笑んで、彼の前を離れた。
私がやり直したかったのはこれだった。あとはもう、天を運に任せるだけだ。
それから私は、知らん顔して同じ車両に乗っていた二階堂のところに行った。彼は私が目の前に来たことに驚いて、気まずそうな顔をした。
「おはよう、二階堂」
「おはよ」
二階堂は不思議そうに首の後ろをかいた。
「俺がいること、知ってた?」
「うん」
三度目の今日からね。
心の中で呟いて、私はまたそっと微笑んだ。
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