第2話

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第2話

お互いの思いを確かめ合った川瀬と 駅前で別れた僕は、佐橋にLINEをした。 『話したいことが、あるんだけど』 タイミングが合ってすぐ既読がつき、 佐橋から返信が来た。 『何』 『佐橋んち、行ってもいい?』 今度は、すぐには既読にならなかった。 僕は、佐橋の家方面のバス停前に並び、 佐橋からの返信を待った。 ポーン。 佐橋から来たLINEを読んで、驚いた。 『もう駅の改札にいるよ。もしかして、 岸野は川瀬と会ってたの』 ああ、怖すぎる。 会った瞬間から、修羅場だと思った。 佐橋の問いかけに答えず、改札口に戻った。 「人のデートは反故にして、川瀬の誘いには 乗るんだね」 改札口の柱の陰に立っていた佐橋は、 開口一番そう言い放ち、鋭い視線を投げた。 「ごめん。見てたの」 「やっぱり。会ってたんだ」 「えっ、カマをかけたの?」 「そんな不誠実な人だとは思わなかったよ」 「ごめん‥‥」 「でも、僕は岸野とは別れないから」 「佐橋」 「岸野と川瀬が幸せになるなんて、 僕は許さないから。覚悟しておいてね」 その場を立ち去る佐橋の背中を見ながら、 もう親友としての縁さえもこれっきりかと、 僕は溜息をついた。 翌朝。 教室では、ちょっとした騒ぎが起きていた。 先に教室に入っていた佐橋が、 自分のことを隠して、川瀬と僕の関係を クラスメイトに言いふらしていたのだ。 「ええっ、2人ってそんな仲だったの」 「マジ?!」 「川瀬って、すごくモテそうなのに」 「何でよりにもよって、岸野なの」 それはクラス内の一時の話題に留まらず、 瞬く間に学年中に知れ渡ることとなり、 僕と川瀬は数日後、生徒指導室に呼ばれた。 「お母さん」 生徒指導室に入ると、 川瀬のお母さんと、僕の母も来ていた。 早速、学年主任が口を開いた。 「基本的に、個人の付き合いには学校は 関与しませんが、この話は学校の問題に なりつつあります。川瀬くん、岸野くん。 お母さんたちの前で、本当のことを話し なさい」 「問題って、何なんですか」 川瀬が、明らかに怒りを露わにしている。 「川瀬くん、落ち着いて」 食ってかかりそうになっている川瀬の ワイシャツの袖を、僕は引っ張った。 「で?本当にキミたちは付き合ってるの」 学年主任の言葉の端に、好奇心が見えた。 気持ち悪い。さすがの僕もムッとして、 学年主任を睨みつけた。 その時。 「だったら、どうだって言うんですかっ」 「えっ?」 川瀬と僕は、お互いの顔を見合わせた。 声の主の正体は、僕の母だった。 「私は何と言われようとも、息子を信じて ますし、息子の恋愛を応援しています。 川瀬さんは、どう思います?」 そう話を振られた川瀬のお母さんは 苦笑いしながら、 「そうですね‥‥まあ、うちの息子は 一度言い出したら聞かないタイプなんで、 相手が男の子だからダメだと言っても、 関係ないってハンガーストライキでも 起こしそうです。私も反対はしません」 と言った。 「はあ」 学年主任が唖然として、2人の母を 見比べている。 僕と川瀬はその光景に、思わず吹き出した。 うちの母が変わっていることは承知の上 だったが、川瀬のお母さんまでそんな人 だったとは。 こうして佐橋の策略は失敗に終わり、 僕と川瀬は自宅に戻ることとなった。 「岸野」 噂の火種を点けた佐橋が話しかけてきたのは、更に数日経った放課後のことだった。 2人の母が学年主任をやっつけたことが 先生たちのルートで話が広まっていて、 僕と川瀬のことは騒がれなくなっていた。 「一緒に帰ろう」 反省しているのかしおらしい態度の佐橋を 無碍にもできず、頷いた。 教室を出る時に川瀬とすれ違ったが、 その前にトイレに入り、 佐橋と一緒に帰ることをLINEしていたから 特に何も言われなかった。 気持ちがないとはいえ、佐橋は彼氏だ。 佐橋ときちんと別れ話をしなければ、 川瀬と付き合うことはできない。 「岸野んち、行ってもいい?」 いつもは駅前で お互い違う方向のバスに乗るが、 佐橋は僕の腕を取り、後をついてきた。 自宅に帰ると、母が夕飯を作っていた。 「あら。佐橋くん、久しぶり。 うちで晩ごはん、食べてく?」 と母に訊かれ、佐橋は笑顔で首を振った。 「岸野」 自室で佐橋と2人きりになると、 突然、佐橋が僕に縋りついてきた。 「ねえ。川瀬なんて、ただの転校生じゃん。 岸野のこといちばんわかるのは、俺だよ。 もう一度、考え直してくれよ」 「ごめん。それはできない」 足に絡む佐橋から逃れようと足を動かした。 「離れて。話が終わりなら、帰って」 「岸野」 「佐橋を嫌いになりたくないんだ。 本当にごめん。僕は川瀬と付き合う」 かがみ込んで、ゆっくり佐橋の髪を撫でた。 「好きになれなくて、ごめんなさい」 「岸野っ」 佐橋が立ち上がり抱きついてきたので、 僕も佐橋の背中に腕を回した。 「送って行くよ」 「‥‥うん」 「もう泣かないで」 そう言って、佐橋の手を取った。 「好きになってくれて、ありがとう」 繋いだ手に、思いを込めた。 佐橋を近くのバス停まで送り帰宅すると、 母がニヤニヤしながら近づいてきた。 「佐橋くんとも付き合ってたの、あんた」 「ノーコメント」 「今度、川瀬くんを連れてらっしゃい。 ご馳走するわよ」 「はいはい、ありがとう」 「嫌だわ、うちの息子。結構やり手笑」 母とテレビを観ながら夕飯を食べ、 自室に戻ると、スマホを確認した。 LINEは2件、佐橋と川瀬からだった。 まず、佐橋のLINEから開いた。 『意地悪して、ごめん。諦めがつきました。 まだ笑えないけど、教室で会おう』 少し考えてから、返信した。 『噂のことは、気にしてないよ。 こちらこそごめん。また学校でね』 こんな風に別れてしまったが、 これからも佐橋を見守りたいと思った。 次に、川瀬のLINEを開いた。 『佐橋くん、どうだった?』 これも少し考えてから、返信した。 『別れてくれたよ』 既読がついて、川瀬から返信が来た。 『僕たちが佐橋くんを傷つけた上で 付き合うことになった、 それはずっと忘れないでおこう』 『うん。そうだね』 『岸野くん。明日、放課後空いてる?』 『うん、大丈夫』 『じゃあまた、学校で』 『また』 LINE画面を閉じ、ベッドに倒れ込んだ。 やっと付き合える。 川瀬が恋しくて、たまらなかった。
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