第3話

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第3話

翌日の朝。 佐橋が校舎の窓から飛び降りたと聞いて、 あまりの衝撃に全身が震えた。 第一発見者は、 日直で早く学校に来た川瀬だった。 昇降口にある水道の前に 意識なく倒れていた佐橋を抱きかかえ、 息をしているか確認したらしい。 幸運なことに、 佐橋は右足の骨を折る怪我で済んだ。 とはいえ、 5階という高さから飛び降りることを 選択した佐橋のメンタルを僕は心配した。 学校は午後の授業を潰し、学年集会を 開いた。 沈黙を保ちながら川瀬と並んで 体育館に繋がる廊下を歩いていると、 事情を勘繰る他クラスの生徒が、 僕と川瀬を見てヒソヒソ話をしてきた。 佐橋の苦しみに比べれば、 そんなことは大したことなかった。 結局、佐橋の状態が落ち着くまでは、 2人では会わないことを川瀬と決めた。 川瀬と出逢って、まだ1ヶ月ちょっとだ。 進展を急がなくても、気持ちは変わらない。 そう信じ合った。 ムードメーカーの佐橋の姿がない教室は、 2週間経っても、とても静かだった。 僕は川瀬と教室で会話はせずに、 頻繁にアイコンタクトを取っていた。 川瀬と出逢い、佐橋と別れたこの9月は、 きっと忘れられないと思った。 そして本格的な秋が到来した10月の終わり。 文化祭の準備をしていたうちのクラスに 入ってきた担任から、1ヶ月もの間 入院していた佐橋の転校が決まった ことを聞いた。 もう一度、佐橋に会いたい。 川瀬に相談すると、 そっとしておいた方がいいと言われたが、 ダメ元で佐橋のお母さんに様子を伺おうと、 佐橋の家に電話した。 「岸野くん?久しぶりね」 意外や意外、佐橋のお母さんは優しく、 僕に向き合ってくれた。 「うちのバカ息子が、迷惑かけてごめん なさいね。岸野くんに振られたくらいで 何なのって家族中が励まして、すっかり 元気になったから、おばあちゃんの家が ある栃木県の学校に転校するのよ。 気にしなくて大丈夫。ぜひ会ってあげて」 「ありがとうございます」 佐橋が退院と同時に引越しをするという 11月2日に、1人で佐橋の自宅に出向いた。 「岸野」 少し痩せた佐橋の笑顔を見て、涙が出た。 「バカ、泣くやつあるか」 佐橋に肩を抱かれ、囁かれた。 「川瀬と幸せになれよ。応援してる」 「佐橋。僕たち、また会えるよね」 「大学がかぶれば、会えるんじゃない? でも、遅れた勉強を頑張らないとなあ。 じゃあ、そろそろ時間だから」 お父さんの運転する軽トラックの助手席に 乗り込む佐橋を佐橋のお母さんと見届けた。 「またな!」 「佐橋、元気で」 車が発進して、佐橋がゆっくり離れていく。 会えて良かった。 佐橋のお母さんにお礼を言った僕は、 駅までの道をバスに乗らず歩いて帰った。 駅に着いて、僕は川瀬にLINEした。 『川瀬。佐橋を見送ってきたよ』 既読はすぐにつき、返信が来た。 『会おうか』 『うん、会いたい』 両思いになって早々、僕と川瀬の間には いろいろなことがあった。 やっと。本当にやっと、付き合える。 20分後。 川瀬が改札を抜けて僕の前にやって来た時、 僕は自然と川瀬に抱きついていた。 「あ、ここじゃダメだって」 慌てる川瀬の胸の中で、僕は微笑んだ。 「じゃあ、僕んち来て。今なら誰もいない」 川瀬から離れ、右手を繋いだ。 川瀬とバスに乗り、自宅に帰ってきた僕は、 誰もいないにも関わらず、 そのまま2階の自室に川瀬を連れ込んだ。 後ろ手でドアを閉じ、2人で示し合わせて、 手早くカーテンを閉めると、 どちらからともなく抱きしめた。 人生初めてのキスは、 自分でも驚くくらいぎこちなく、 不器用に唇を触れ合わせただけだった。 それでも恋焦がれる相手とのこんな時間を ずっと待ち侘びていたから、幸せだった。 「川瀬くん」 「岸野くん」 お互い息を漏らし、微笑み合った。 「ゆっくり進もう」 「うん」 抱きしめる力を強めて、 川瀬の愛しく柔らかな感触を確かめた。 「愛してる」 川瀬の唇からこぼれ落ちた愛の言葉が 耳元で心地よく響き、僕は満たされていた。 「僕も、愛してるよ」 こんなに恋焦がれる存在は、 今後も川瀬以外、もう現れない。 out of the blue. 英語の慣用句表現で、 予期せずという意味だと習った。 まさに、川瀬由貴との出逢いのことだった。
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