第1話

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第1話

出逢いの順番が間違っていると、 僕ー岸野葵は、神様を呪いたくなった。 9月1日。 担任によって 彼が時期外れの転校生と紹介された時、 僕の隣には、 付き合い始めたばかりの彼氏がいた。 彼ー川瀬由貴は、父親の転勤が理由で、 兵庫県の高校から埼玉県のこの男子高に 転校してきた。 授業内容が進んでいたと謙遜していたが、 明らかにレベルの高い学力と、 控えめな性格ながら目を惹く外見で、 すぐにクラスで一目置かれる存在になった。 出席番号が川瀬と1番違いかつ、 学級委員の僕は、 川瀬の世話係を担任に頼まれた。 「岸野くん、よろしく」 「あ、はい」 端正な顔立ち、色素の薄い髪と瞳。 黒縁の眼鏡。ハスキーな声。 担任の横にいた川瀬に微笑まれ、 一気に川瀬の魅力にハマってしまった。 最初は彼氏がいるというのに、 これは浮気ではないかと不安になったが、 内心を明かすことがなければ 何も心配することは起きないだろうと 開き直ることにした。 彼氏の佐橋雄大とはやはり同じクラスで、 僕のそばに常にいる存在として、 クラスメイトにも認識されていた。 中学からの親友だった佐橋は、 つい3週間前に僕に告白してきた。 もちろん嫌いではなかったという 消極的な理由でそれを受け入れた。 だからまだ、カラダの関係もない。 気持ちが高まるまでは、 友達として気楽に付き合っていこう。 川瀬と出会うまでは、そう思っていた。 川瀬は僕と佐橋の関係に早々に気づき、 3人で中庭ランチをした時に、 「岸野くんと佐橋くんて、ラブなの?」 と話を振ってきた。 「あ。まあね」 言葉を濁した僕に対して、佐橋は 「そう。だから、邪魔しないでね」 と川瀬に微笑みかけた。 「あはは。何て言ったらいいのか」 居た堪れなくなって、 佐橋の言葉に笑った川瀬から、 僕はそっと目を逸らした。 いつかはバレる話ではあったが、 自分の心が追いついていかなかった。 もう間違いない恋心を川瀬に抱いていた。 僕は川瀬と佐橋が談笑しているのを 暗い気持ちで眺めることしか出来なかった。 日曜日。天気は、土砂降りの雨。 悪天候という理由で、 佐橋との初デートを中止した。 暇を持て余し、自宅にいた僕は、 自室で川瀬と佐橋のことを考えていた。 川瀬との恋の行く末は期待できない、 いや期待してはいけない。 僕には、佐橋がいるんだから。 でも佐橋とは、何も始まってない。 本当にこのまま、 川瀬への気持ちを封印して 佐橋と付き合っていけるのだろうか。 自分が恋焦がれている存在の川瀬と、 親友としては既に大切な存在で、 恋人として大切にしなければならない佐橋。 取り巻く環境の変化に悩んだ。 ポーン。 その時、LINEの通知音が響いた。 スマホを取り上げると、待ち受け画面に 川瀬の名前が浮かんでいて、ドキッとした。 『岸野くん。今、暇?何してる?』 大きく息を吐いてから、親指を動かし、 LINEの返事を打った。 『ひとりで、自宅の部屋にいるよ』 既読がつき、川瀬の返信はすぐに来た。 『訊きたいことがあるんだけど』 『うん』 いったい、何を訊きたいのだろう。 『外、出られる?今、岸野くんの家の 最寄駅にいる』 その文字を見て、 驚きのあまり、スマホを落としかけた。 『大丈夫。15分で行くよ』 そう返信した僕は、 慌てて傍らのリュックを掴んで部屋を出た。 土砂降りの雨が降る中、傘を差して走った。 通りに出ると、駅に向かう路線バスが 来ていたので、迷わず乗り込んだ。 川瀬に会える。 逸る気持ちを抑えつつ窓の外に目をやると、 窓を叩きつける雨粒が見えた。 早く着いてくれ。 停留所で言うと、3つ。 約6分かかるその時間が、長く感じた。 駅の南口に、定刻通りにバスが停まった。 バスを降りた僕は、 川瀬の待つ改札口に向かって走った。 「川瀬くん」 「岸野くん、早かったね」 「うん」 改札口の柱の陰にいた川瀬と落ち合い、 雨で濡れた半袖の腕をタオルハンカチで 拭いた。 「訊きたいことって、何?」 「佐橋くんとは、今日会わなかったの」 「うん。この雨だったから」 「じゃあ、もし見られたらヤバいかな。 北口にある、カラオケボックスに入ろう」 そう言って歩き始める川瀬の後についた。 隣からがなり立てるひどい歌声が、 聞こえていた。 僕と川瀬はソファに並んで座り、 アイスコーヒーを飲んだ。 不思議なことに部屋に入った途端、 川瀬は沈黙し緊張の表情さえ見せていた。 「どうしたの」 「あのさ」 「うん」 「佐橋くんとは、いつから付き合ってるの」 「親友としては、中1から。恋人‥‥? としては、まだ3週間」 「えっ。何で今、恋人‥‥?って疑問系?」 「付き合ってるというか、佐橋から告白 されたのを受け入れただけで、何もないもん」 「そうなんだ」 ぎこちなく笑った川瀬に、言葉を続けた。 「川瀬くん。何でそんなこと訊くの」 「あ、うん。もしかしてさ」 「うん」 頷いた僕に、川瀬は甘やかな光を放つ瞳で 僕を見つめながら、こう言った。 「岸野くんて、僕のこと好き?」 「え」 ヤバい、バレてる。 恥ずかしくて目を逸らしたかったのに、 目を逸らせずに僕は川瀬と見つめ合った。 「やっぱり‥‥」 「いつから気づいてたの」 「初めて、話した時から。何となく」 佐橋にも気づかれてるのかと、 不安になった。 「川瀬くん、ごめん」 「え?何で謝るの」 「川瀬くんには関係ない話だけど、 このまま佐橋と付き合い続けるか、 ひとりに戻るか実は、悩んでて。 もし佐橋と別れて、僕の片想いの相手が 川瀬くんだって佐橋に知られたら 何かしてくるかも知れない」 「ふ。岸野くん、よく考えてるようで いろいろ間違ってるから訂正してもいい?」 「へ?」 「まず、佐橋くんに岸野くんの気持ちは、 気づかれてるよ。既に僕は昨日LINEで、 佐橋くんから釘を刺されてるしね」 「ええっ」 「あと、岸野くんが片想いっていうのも、 間違い」 「ん?」 「僕も、岸野くんが好きだから」 そこまで言うと川瀬は、 無防備にテーブルに置かれていた 僕の右手を両手で握ってきた。 「佐橋くんと別れて、僕と付き合って」 「‥‥えええっ?!」 意外かつ、嬉しすぎる展開。 先行きが見えない片想いだと思ってたのに。 感激で思わず笑みが漏れたが、 佐橋との修羅場が待っていることに気づき、 同時に身震いした。
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