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ここは何処だ………?
朝起きたら、見知らぬ土地。
草花も建物もない、そんな場所にひとり。
あ、俺死んだのかもしれない。
きっとそうだ。
ここは、地獄なんだろう。
悪いことは、するもんじゃないな。
死んで後悔するなんて、遅いんだろうけど。
立崎柳芽。
イッパツで名前を当てられたことはない。
りゅうめ、違うな。
りゅうが、惜しい。
たちさき ゆうが。
其れが、俺の名前。
名前の由来は、知らない。
誰がつけたのかも知らない。
会話がない家族だったから。
父親はオンナ遊びが激しく、母親はまあ、そういう関係の仕事だ。
母親の職業に、偏見はない。
そう言ったDVDも、俺くらいの年頃になりゃ見る機会もある。
(母親が出てたのは見てないけど)
そう言った家庭だったから、温かな日々なんてのは実感がない。
そうは言っても。
母親は俺が小さい時までは、撮影ない日には家にいて、細々家のことはしてた。
それなりに、構ってくれた記憶もある。
家庭がぶっ壊れちまったのは、父親があるオンナのケツ追っかけて、行方知らずになってから。
元々、オンナ遊びの激しいオッさんだったけど、1か月もすりゃ何だかんだと言い訳並べ立てて帰って来てた。
だが、そのオンナにやたらアテられたのか、それ以降、帰って来てない。
母親は、今更ね。私もお父さんを責められない仕事してるから、なんて笑ってたけど。
ある日ぱったり帰らなくなった。
噂で色々耳にしたが、どれも信憑性はない。
面白おかしく話されてた二人も、2か月経つ頃には誰も話題にださなくなった。
俺は、当時何とか入った高校でいじめられてた。
俺の前で、母親の作品見てる奴もいた。
下衆な奴らと思って、あいてにしなかったら、面白くなかったのか手を出された。
さすがに、カッときて、同級生に掴みかかった。
………不慮の事故だった、と俺は今でも思っている。
カッとはなったが、相手に危害を加えるつもりは毛頭なかった。
俺の手を振り払おうと、相手がもがいた。
ハッとして、手を離した瞬間、相手がふらついて…………、
階段から落ちていった。
打ちどころが悪かったんだと、後から聞いた。
不幸なことに、相手が落ちた瞬間から目撃した同級生が数人。
俺が相手を憎んでいたと証言したやつもいた。
全くの出鱈目だ。
確かに、家族を馬鹿にされて嫌な気持ちにはなった。
どうしようもない父親はともかく、母親は僅かだとしても愛情を持って育ててくれたのはわかるからだ。
とにかく、例え自分が事故だと言おうが、誰も信じてくれなかった。
「あのね、事故だと言うけど、君は同級生を……」
そう、結果として俺は禁忌を犯した。
周りの視線に耐えきれず、俺は学校を退学。
いくあてなく、フラフラしていた時に。
割りのいいバイトを紹介された。
自暴自棄になり、始めたバイト。
其れが、マニュアル通りに電話する仕事だった。
食い扶持に困らないよう、俺は電話をかけ続けた。
…………違和感はあった。
その後、違和感の正体には気がついた。
だが、この仕事を逃せば生きられない。
俺は、罪悪感を頭の片隅に追いやった。
気が狂ってしまったようだ。
俺は…………
気がつけば、車の下敷きになっていた。
悲鳴が聞こえる。
このまま………
そして、冒頭に戻る。
はぁ、ため息が出た。
誰にも聞かれることなく、それは荒廃した空気に溶けていく。
とにかく、辺りを見てみよう。
立ち上がって、気がついた。
バサ、という音。
「ん?」
振り返り……、驚愕した。
羽が生えている。
真っ黒な羽。
《あ、起きた?おはよう》
同時に聞こえる男の声。
若くはない、だけど高齢者ってわけでもない。
「あ、おはよう………ございます?」
つい、返事をしてしまった。
《たつさきゆうが君。君の生き様、見せてもらったよ》
微妙に名前を間違えているが、訂正する気力もない。
まだ混乱しているんだ、仕方ないだろう?
「はあ」
まぁ、転落した人間は嫌悪対象になるか、面白おかしくあることないこと考えられて笑われるかのどっちかだと思う。
少なくとも、俺はその両方を経験した。
ハタから見りゃあ、俺は笑いモンだからさぞかし面白いだろうよ。
こちらからすりゃ、全く楽しかないけど。
《君に、やり直しのチャンスをあげたい。君は、普通の子だった。歯車狂えば、みんな君のようになる。危うい世界に、君たち人間はいると感じた》
「………それで、俺は何すればいいんすか」
状況はよく分からないが、少なくとも的を得てる部分はある。
確かに、俺だってあの時に歯車が狂わなきゃ、もう少しマシな生活を送れてたかもしれない。
チャンスがあるなら、もう一度試してみたい。
《……………君に頼みたいのは》
天使と悪魔なら、天使の囁きがいいに決まっている。
大概の人間は、天使の導きによって、自我を保っている。
正しい道に進んでいる。
だが、その品行方正な天使のせいで、苦しむ結果になる人もいる。
例えば…………、自分ではどうしようもない状況のとき。
天使と悪魔が脳内に舞い降りて言う。
天使は、理由として具体例は出さない。
してはいけないと決まっているから、だからダメと。
悪魔は、もう少し具体例を出す。
話を聞きながら、俺はそうかな、と首を傾げたが、姿なき声はそうだよと笑う。
《だからね、君に人助けをしてもらいたいんだ》
ある少女の、夢の中。
苦しむ彼女の脳内。
悩みが溢れ出して、俺は泣きそうになる。
俺も、泣き喚けば変わったのだろうか。
苦しいんだと。悲しいのだと。
父親を止めれば、母親をもっと慰めれば。
同級生と話し合えば、噂を違うと言い続ければ。
自暴自棄にならず、真面目に働けば……。
罪悪感を片隅にやらなければ。
もっともっと、もっと……
違う道が拓けたのか。
もっともっともっと、
ダメだ、しっかりないと。
「ねえ、ゆっくり息をしてごらん」
「だれ、あなた」
「君の悩みを聞くよ」
到底、悪魔が言うセリフではない。
むしろ、この言葉は天使側だ。
分かっている、分かっているが何と言えばいいか分からない。
ただ、少女の抱える苦しみや悲しみのオーラが胸を抉ってくる。
「………悩み?」
少女は俺に問う。
「悩みなんかない。少なくとも、誰かに話すことじゃないわ」
解決なんかしないもの。
小さいからだに、背負い込んだもの。
生前の自分とリンクする。
「……なぜ、あなたが泣くの」
言われて、泣いていることに気づく。
「いや……、俺は苦しくて悪魔になったんだ」
苦しくて悪魔に?と少女は目を丸くする。
訳わからないよな、俺だって分からない。
逆の立場だったとしても、少女と同じこと言ったと思う。
「俺は、自分の心に聞くことが出来なかった。天使や悪魔はいたはずなのに。…………それに気づくことがなくて、暗く深いところに感情を置き去りにした」
だから、君には俺と同じ後悔はして欲しくないんだ。
きっと、こんな言葉じゃあ彼女の心は動かない。
分かっているが、何とか伝えたかった。
「………苦しくて、って。あなたは何があったの?」
「詳しく話したくはない。だけど、例えば事故とはいえ同級生を」
…………あれは、事故だったのか。
ちょっとでも、あの結末を望まなかったか。
「………、悪魔さん?」
ハッと我にかえる。
望んではいない。絶対。
なのに、何で今揺らいだのか。
分からない…………
「ごめん」
「こっちこそ、ごめんなさい」
だから、泣かないで。
……………あぁ、完全に立場が逆転しているなと俺は微苦笑を浮かべるのだった。
あれから、三日。
お互い詳しくは話さず仕舞い。
あの日、彼女は言った。
「あのね、分かった」
え?
何が分かったの、と問いかける俺に。
「私もあなたも、お互い深くは聞かない。あなたは、話したくなったらその時話せばいいから」
あなたは、というのは引っかかったけど頷く。
「うん」
「それで、私も自分からは言わない。でも、あなたが私の生活を見るのは咎めないから、そこで判断して」
私は、助けを自分から求めるのは苦手なの。
あなたが、判断して口出ししてくれたら、一応その言葉は聞くわ。
「……………了解」
本当は、聞き出せたらベストだった。
人のプライバシーを覗くようで、彼女の提案は自分にとって好ましくなかったから。
けど、まぁ仕方ない。
「俺は柳芽」
「私は、銘愛」
めいあ、と名乗った少女は笑う。
「よろしく、ゆーが」
彼女の闇も、まぁなかなかだった。
「銘愛、お前さー。俺に逆らうとか生意気なんだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
銘愛は、彼に虐げられていた。
今時、こういう光景は珍しくないんだろう。
ないんだろうけど、やっぱり気持ちいいものではない。
《ゆうがくん》
(はい)
姿なき声だ。
《声は出していいけど、手はダメだよ》
(………分かってるっス)
握りしめた拳が痛い。
《天使と悪魔は、相容れないようで紙一重。難しいんだけどね。》
(そういや、天使はいないんすね)
《天使はね、他のとこで見ているよ。きっと君を邪魔しにくる》
邪魔って………
フツー、天使っていいヤツじゃないっけ。
ま、いいけどさ。
《その時も、手をあげたらダメだよ》
生身の人間には分かるけど、天使にもか。
(はい)
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