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「契りは結んだんだ」
赤い瞳が、ますます鋭利な光を帯びる。
「互いに小指を合わせたあの瞬間から、俺達は夫婦だった。誰も知らずとも、俺達は知っていた。……俺が知らなかったのは、ねねの覚悟の強さと村人たちの姑息さだった」
マオは開いた自身の掌へと視線を落とし、
「今でも鮮明に覚えている。"神池"に浮かぶ古びた舟と、首から真っ赤な血を流し息絶えていた、白い花嫁衣装のねね。握られていた簪。ねねを抱いて共に沈んだ、水の冷たさ」
「……飛び込む前に三味線の糸巻きで腹など突かなければ、お前も人間に生まれ変われていたんじゃないか」
「かもな。だが猫又だったからこそ、今がある。そしてこれからもな。あれは師匠から継いだ"猫"だったし、案外これは粋な計らいだったのかもしれないぞ。まあ、なんにせよ、後悔はないさ」
(それでいい。後悔など、してもらっては困る)
「なぜ契りを結んだ夜に逃げなかった」
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