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あやかしは嫁を逃さない
「あー……俺、よく耐えた」
ぐったりと机に突っ伏した俺に、親父が「その気になればマオも紳士的になれるのだねえ」などと言ってけたけた笑う。
うるさい。だって仕方がないだろう。茉優はなにも、覚えちゃいないのだから。
本当はずっと、抱きしめたかった。
体温を感じて、頬を撫でて。開かれた瞳の焦点が、俺に合っているのだと確かめて。
生きているのだと。
記憶にこびりついている、冷たく物言わない彼女の姿を、歓喜で塗り替えてしまいたかった。
――マオ、と。あの真綿のような愛おし気な響きを、今度こそ幾度でも堪能できるものだと。
(覚えてない、んだもんなあ)
愕然としたのは否めない。けれど同時に、都合がいいと思った。
知らないのなら、知ってもらえばいい。茉優の魂は"マオ"を好いているはずだ。
なら、茉優には俺を好いてもらえる。
"マオ"とは変わってしまった、俺を。
優しくして、じっくり距離を縮めて。
今世こそ、名実共に"夫婦"として幸せな時を過ごしてみせる。
(つもり、だったんだけどなあ)
「茉優……なんであんなに可愛いんだろうな」
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