あやかしは嫁を逃さない

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 今世ではただの野良猫に生まれたのが、おおよそ百年前。  前世の記憶を頼りに彷徨い続けて、気づけば猫又となっていたのが、たしか五十年ほど前。  あやかし事情など知らず、思うままに日本中を闊歩していた俺の前に、親父が現れたのもその頃だ。 『面白いことをしているね。よければ、手助けしようか』  今ならわかる。親父にとって、あの頃の俺はうってつけの"運び屋"だったのだと。  けれどもそれと同じだけ、理解している。  あのまま一人で彷徨い続けていたら、俺は茉優と出会えないまま、野垂れ死んでいたのだと。  ただの手伝いから"息子"となって、早三十年。  そろそろ親父の性質を理解したと思っていたが。 「そんな事業をはじめるつもりだったなんて、一度たりとも聞いたことないぞ」  俺達"あやかし"では対処しきれない依頼者がじわじわと増えているのは、知っていた。  だがあの紙はあきらかに、"茉優のために"作られたものだった。  勤務先の聞き取り用紙だって、急ごしらえで作られたものではない。  まだ見ぬ茉優の状況など知る由もないはずなのに、親父は随分と前から、朱角にこの"切り札"を用意させている。
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