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 彼が歩きつつ考えたことは、玄関ドアを開け家に入ったまでは何かに操られていたような感覚であったが、箪笥の引き出しを物色したのは確かに自分の意思だったということだ。  いや自分を操っていた何者かも結局はもう一人の自分なのであって、人は常にもう一人の自分とせめぎ合っているのだ。そして異なる二つの意見のどちらかに決めるわけだが、佐原の場合今までの人生において十中八九、その選択を誤った。 『たった五分で  百科事典七セット分の報奨金。  そうだ!  滞在時間を五分と決めればいい。  無理せず欲をかかず慎重に、   五分間物色して何も見つからなければ、  退去を潔しとする』  佐原は歩いて十分くらいの最寄り駅に着いた時には、退職の意思と、空き巣狙いの泥棒になるという馬鹿げた決意を固めていた。そして二三日のズル休みの後、退職届を提出したのである。
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