観察業務 ガラシャ

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観察業務 ガラシャ

「次は、玉城伽羅(たまききゃら)ね」  ミレーユが訪問スケジュールを見ながら、細川ガラシャの変名をあげた。  配偶者暴力相談支援センター末広町支部がガラシャの職場だ。支部を訪れた俺とミレーユは応接室に通された。 「お待たせしました」  三十代前半の美しい女が入ってきた。冴え冴えとした美貌の持ち主だ。哀しげな、翳りのある表情は、薄幸の佳人という印象を人に与える。  ガラシャは、この配偶者暴力相談支援センターで、DV(ドメスティック・バイオレンス)の相談員をしていた。相談をしてきた人たちから回収した爾後アンケートによると、ガラシャの親身の支援は高い評価をうけている。まさに適材適所の妙だろう。  ガラシャの夫、細川忠興は異様に嫉妬深い男だった。かつ、粗暴でもあった。武将としても、茶人としても当代一の評価を得ていながら、生来の癇の強さと気の短さで、起こさでもの刃傷沙汰を何度も起こしている。ガラシャの実父、明智光秀が本能寺の変で主殺しをしたため、忠興はガラシャを離縁しようとしたが未練があり、離別しきれず深窓に置き続けた。その間、ガラシャは忠興が手討ちにした家の者の返り血を浴びたり、小袖で血のついた刀を拭われたりと、DVの限りをつくす夫のハラスメントに耐え続けた。DV被害者の心の痛みを誰よりもよくわかる存在と言える。キリシタンとしての洗礼もうけており、救済者としてうってつけのキャリアだ。 「お仕事の方はどうですか?」 「毎日、充実しています。夫のもとにいた頃とは大違い」 「何よりです。何か困りごととかは?」 「ありません。デウス様の愛に包まれている日々に満足しています」  細川ガラシャは現代生活に適応。そう心覚えをして俺はガラシャの職場を後にした。
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