秀吉が現われた

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秀吉が現われた

 神社が創建された。  祭られる神の名は「時量師神(ときはかしのかみ)」。  伊耶那岐神(いざなぎのみこと)が黄泉国から帰還して禊をしたときに身につけていたものから生まれた神だ。  イザナギが持っていた袋から生まれた神とも、()と呼ばれる服から生まれた神とも言われている。 「時」は「袋の口や、裳の紐を『解く』」からきており、災厄や穢れをうち捨てたり、「裳」を解いて露出した陰部が邪悪な穢れを祓うということから清浄機能を司る神とも考えられているが、文字通り、時を司る神とか、時を計る神とも考えられている。要するに諸説ある。  日本標準時というものをご存知だろうか。  国際度量衡局が決定する協定世界時に連動して調整、管理されている時間だ。  兵庫県明石市にある明石天文台が日本標準時の中心だと思われがちだが、実は違う。日本標準時を決定しているのは、国立研究開発法人「情報通信研究機構」だ。東京都小金井市にある。  誰が言い出したのか知らないが、時間を管理する施設内に時の神様を祭ろうということになった。  もちろん、祭られる神は「時量師神」だ。それまでどこの神社にも祭られていなかったマイナーな神様にも斎き祀る場所がプレゼントされたというわけだ。 「情報通信研究機構」の敷地が小平市にもかかっており、その敷地内に建てられたので「小平神社」と名付けられた。 「小平神社」が創建されてから不思議なことが起こるようになった。  ある日、神社の社殿に豊臣秀吉が現われたのだ。  当初、誇大妄想の、頭のネジが弛んだ爺さん扱いをされた秀吉は、しかるべき研究機関によって真贋判定がなされ、本物ということになった。  マスコミに嗅ぎつけられたら大騒動になる。関係者一同に緘口令がしかれた。  人物の真贋鑑定から、緘口令から、やることが役所にしては手際がよかったのには理由がある。  神社に次々と歴史的美女が現われたからだ。  秀吉の次は細川ガラシャだった。間をあけずにクレオパトラが現われた。その後、楊貴妃が境内で身柄を確保された。絶世の美女が三人続けて現れたのがよかったのだ。お役所の腰は滅茶苦茶軽かった。  過去からの訪問者に「転生者」などとファンタジックな名称や、「タイムトラベラー」とか「タイムリーパー」とかSFチックな名称を役所がつけるはずもなく「異邦時者(いほうじしゃ)」というお堅い呼称が選ばれた。  異邦時者の管轄をめぐって、お役所間でちょっとしたつなひきがあった。法務省の外局「出入国在留管理庁」が自分たちこそ異邦時者を管理するにふさわしいと名乗りをあげたが、予算規模でくらべものにならない巨大官庁、厚労省にあっというまにねじ伏せられた。厚労族議員があちこちに根回しをし、異邦時者は厚労省が管轄することになった。省内に新しい局が造られ、「異邦時者入国管理局」という名称が付された。 「異邦時者入国管理及び異邦時者認定法」も施行された。  さらに、異邦時者を保護するにあたって、様々な支援が必要だということが日ならずして判明した。  彼らには現代で生きていくための教育が必要だった。なにしろ、トイレひとつ満足に使えないのだ。まあ、現代でもウォシュレットが普及していない外国ではその使用法がわからない人間が多いのだから無理はないが。現代日本語教育から、乗り物の乗り方、食べ物の食べ方、家電製品の使い方、貨幣価値、彼らの死後の歴史推移、政治、経済、文化、あらゆる一般常識を彼らに教えなければならなかった。 「異邦時者更生プログラム」と名付けられたこの教育は、最終的には彼らの就労支援にまで及んだ。
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