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この恋 眠ろう side 小夜子
忘れられない恋がある。
どれだけ心が揺れ動き、せつない夜を幾度重ねても…。
本当の、自分の気持ちは言葉にできなかったけど。
私にとっては大切な初恋。
そして最初で最後の恋に、なるはずだった――。
優雅なクラシック音楽が流れる午後のホテル。
小さな子供のいる母親が来るには、明らかに場違い。
普段は、子供を追いかけ回すのに汚れてもいい格好しかしない私でも、
今日ばかりは、いつもより身なりを整え、精一杯こぎれいにしてきた。
待ち合わせ時間の前に化粧室で何度も髪や顔をチェックする。
会うのは、学生時代から親友だというのに何故か緊張している自分がいた。
ささっと簡単に直してリップをつけてロビーに向かって歩き出すと、
ピアノの近くにいる親友の姿が視界に入った。
「あ、香澄…」
え?
久しぶりに会う親友の隣にいる男性に私の目は釘付けになった。
「小夜子! こっちよ」
私の動揺に気づかず、親友が手を上げて私の名を呼ぶ。
その名前に男性も驚いて私の方を見た。
嘘でしょ…。こんな再会があるなんて…。
「小夜子、こちら…」
「海堂…さん?」
香澄が紹介する前に私の唇からは、彼の名前が零れだしていた。
「小夜子さん…。お久しぶりです」
「あら。彼と知り合い?」
私と海堂さんの間で二人の顔を見ながら香澄が言う。
「い、従兄が親友なの」
「えー。そうなの? 偶然」
「鈴木くんは、元気?」
海堂さんはにこやかに従兄のことを聞いてくる。
「ええ。元気です」
私は内心の動揺を必死に隠しながら、香澄に向き直す。
「香澄、改めて結婚おめでとう。これ、御祝。式に行けなくてごめんね」
「ううん。とんでもない。小さなお子さんのママなんだもの」
嬉しそうに言う香澄に海堂さんが呟く。
その目は、私の左薬指を見ている。
「結婚… したんだね」
「…はい」
「そっか。幸せそうで良かった」
どこかぎこちなく笑う私達に気づく人は誰もいない。
香澄は、私達が知り合いだったことにも特に何か感じた様子もない。
「忙しいのにここまで来てくれてありがとうね」
「ううん。いいの。私の式には来てくれたのに出席できなくてごめん」
明日から香澄達は、新婚旅行だ。
羽田から国際線に乗るため東京に前日入りすると。
それを理由に今日会えないかと連絡をくれたのだった。
それから少しだけ三人でお茶をした。
二人のなれそめは、お見合い。
そのお見合いの場所がこのホテルだったとか。
幸せそうな二人の話を聞きながら、始終笑顔を作った。
そうして小一時間が経った頃、子供のお迎えを理由に別れた。
この時、香澄が席を立った隙に私は海堂さんと約束をした。
彼の人柄は知っての通りだし、きっと守ってくれる。
その時の私は信じて疑わなかったのだ。
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