約束   side 小夜子

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海堂湊斗は、検査の結果、小さな手術をすることとなった。 手術は、無事終わったもの時間をずらして小夜子が訪ねても、彼は眠っていた。 そして今日は先に来ていた鈴木によると目を覚ましているらしい。 病室に入ると彼は、お見舞いありがとうと言った。 気を利かせた鈴木が二人を病室に残し、そっと出て行く。 娘の言葉は、小夜子の背中を押す嬉しいものだったが、 小夜子は、海堂と話すことにほんの少し勇気が必要だった。 「仕事は、順調?」 ずっと変わらない笑顔で世間話から始まる。 「今はしてないの」 「お休み中?」 「えぇ、放っておくと倒れる人がいるしね」 「ん? 僕? いや、なわけないか」 海堂は一人で納得したり、呟いている。 「あなたよ」 「え…」 意外だったのか海堂は、ぽかんとする。 「鈴木に聞いたわ。これまで何度も無茶して倒れたりしてたんですって?」 「…あ、いや…」 「変わらないわね。集中すると周りが見えなくなっちゃうの」 小夜子が呆れたように言うと海堂も照れくさそうに言った。 「何かで頭を埋めていないと…他のことを考えて手につかなくなるから」 「他のことって?」 「…… 君のことだよ。離婚したって聞いたから」 「私…?」 二人の視線が合う。 「心配、…してくれたの…?」 「うん…。君も集中すると周りが見えなくなるだろ…?」 「…そうね。人のこと言えないわね…」 俯くと彼の大きな手が小夜子に触れた。 黙ってその手を撫でていた彼が笑みを浮かべる。 「どうしたの?」 「いや、夢じゃないんだなと思って…」 「え?」 「いつも急に現われて、すぐいなくなってしまうから…」 「……」 その言葉に涙が出そうになる。 「ずっと触れてみたかったけど、…君は他の誰かの妻、母だったからね」 歳を重ねて手も老いているのに愛しそうに触れる。 「あな、たも物好きね…。もう若くもない、シミやシワもある。年相応な体つきになった女に…っ」 若くして亡くなった香澄は、ずっときれいなままだ。 こぼれた涙は、彼の手の甲に落ちた。 「僕も若くないさ。それでいいんだ…」 出会った頃と同じ笑顔で涙を拭う海堂の胸に小夜子は顔を沈める。 会ったらちゃんと話そう、伝えようと思っていたことは沢山あったのに…。 涙で言葉にすることができない。 「湊斗さん… 私、…」 言葉にしようとすると唇に彼の人差し指が立てられた。 「小夜ちゃん… 僕の、最後のわがままを聞いてくれないか」 「最後のわがまま…?」 「うん」 50代の男と女が額を合わせ合って言う。 「僕は一人だとこんな男だけど、君がいてくれたら… 研究もそこそこにして、君と長くいるため努力すると思うんだよ」 「私と長くいるため…?」 「だから君の残りの時間を僕にくれないか…。僕は君といたい」 「…これって…プロポーズに聞こえるわよ」 「そのつもりだけど?」 「え!?」 「なんだと思って聞いてたの?」 「…そうなったら嬉しいなって気持ちはあったけど…今日そんな話になるとは思ってなかったわ」 「それは、ごめん。急いてしまったかい? 返事は今日じゃなくていいんだ」 急いてしまったのは、互いにいつ今後病気で体を壊すかわからないからだろう。 「順番があるわ。退院したらまず香澄のお墓に行きましょう」 「あぁ、そうだね。約束しよう」 二人は、笑い合い、抱き合う。 桜の咲く頃、私達は二人で香澄のお墓へ行った。 (娘が言うように香澄は許してくれるだろうか) 謝罪と報告をすませ、また二人で来ることを約束して墓地を出る。 どこまでも続く青い空と白い雲。 少し先を歩いている夫が手を出してくれる。 これからはこの人との、一瞬一瞬を大切にしていこう。 香澄ができなかった分までこの人を幸せにしていこう。 私は手を繋ぎながら夫に微笑み、誓い、歩き出すのだった。                            完                                                                  

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