23人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前、消防に入るのか?」
次男の幸二が幸三に声を掛けた。
「おやじから手を合わせられた。考え中だよ」
「止めとけ、面白くもなんともないぞ」
「兄貴たちが入らないから俺んとこに来たんだよおやじは」
幸二が黙った。
「ねえ幸二兄、どうして入らなかったの?おやじから勧められなかった?」
「ザキの商店街の跡取りばかりだよ。うちなんか入ってみろよ、小間使いさせられるに決まってんだろ。それになり手が少なくて四苦八苦らしい。入団したら最後抜けられなくなるぞ」
柳田時計店に発注する老舗三軒の時計屋の倅が消防に参加している。
「柏木時計店の婿も?」
「ああ、あの嫌われ者が今や団長だよ」
柏木時計の娘婿で柏木聡31歳は商店街のアウトローと呼び名が付いている。
「確かにあいつが上にいるんじゃ入りたくないな。でもおやじが可哀そうだよ。三人倅がいて誰一人参加しないから立場がないって泣いてた」
「まあ好きにするがいいさ。俺は近いうちに家を出て行く」
「出て行くってどこに?」
「女がいるんだ、そこに転がり込むって寸法だよ」
幸二は女たらしで通っている。兄弟の中で一番器量もいい。
「出て行くならそれでもいいさ。俺、この店継ぐから、帰って来ても居場所はないからね」
「ええ~、止めとけ幸三、おやじにゃ悪いがもう終わりにしろよ。よく考えてみろ、おやじの人生そのままを続けるんだぞ。この狭い店で一日中螺子とにらめっこして、それでも金ががっぽり入るならいいよ、食うのがやっとだよ。それをお前がやるんだよ、分かってる?」
「分かってるよ、そんなこと」
幸三は幸二の言い分に腹が立って飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!