寝ても覚めても君のこと

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   午前の清掃を終えて昼休憩中に自動販売機で飲み物を買い出てきた飲み物を取り出している時に、下に何か落ちている事に気がついた。 拾い上げるとそれは四葉のクローバーの押し花の栞で、とても使い込まれていて誰かが大切にしている物だということはすぐにわかった。 後で忘物所に届けようと思い、折れてしまわないように手帳の間に挟んで鞄に入れた。  そして午後の清掃に入る頃にはすっかり栞の存在を忘れ、手帳に挟んだまま家まで持って帰ってきてしまったのだ。 寝る前にスケジュールを確認しようと手帳を開いた時に栞を見てハッとした。 「あ、やべ、持って帰ってきちゃった……」  その栞の四葉のクローバーは一枚だけ葉っぱが小さくて歪な形をしていて、不意に子どもの頃のとある出来事を思い出した。 ♢  あれは小学生の頃、両親が勤めていた病院の近くにある公園で母のことを待ちながら弟と遊んでいた時のこと。 見慣れない女の子がやってきて、草原でしゃがみながら何かをずっと探しているものだから、ちょっとした興味本位で声をかけた。 「何してるの?」 「四つ葉のクローバー探してるの」 「なんで?」 「お母さんの病気が治るようにお願いするんだよ」  その子は母親が病気で俺の両親が勤めている病院に入院中らしい。 誰かから四葉のクローバーを見つけたら願いが叶うと聞いて、四葉のクローバーを探しに来たようだ。 この公園は一人で探すには広くて大変だと思ったけれど、自分には関係がないとその日は特に何もしなかった。  でもその日以降、毎日のように公園に来ては服を汚しながらも一生懸命に探す女の子を見ていたら、なんだか放って置けなくていつのまにか四葉のクローバーを一緒に探すようになっていた。 「まだ見つからないの? 暇だし俺も探してあげる」 「ほんとに?! ありがとう! 」 その時の屈託のない笑顔が可愛いくて子どもながらに胸がキュンとしたのを今でも覚えている。  それから数日経っても四葉のクローバーは見つけられずにいた。 その日もいつものように学校帰りに公園で女の子を待っていたけれどなかなかやって来ず、先に探し始めようと、まだ探したことのない場所を探すことにした。 しかし、太陽も沈み始めたというのに、いつまで経っても女の子は現れないので、今日はもう諦めて帰ろうと立ち上がりかけたその時、視線の先に四葉のクローバーが飛び込んできた。 その四葉のクローバーを急いで摘んで勢いよく立ち上がり手を高く挙げた。 「あった! あったー!! 」  思いの外、大きな叫び声になってしまい公園中に響き渡り、遊んでいたこども数人が不思議そうな顔でこっちを見ている。 いっきに恥ずかしくなって、すぐにしゃがみ込んだ。  四葉のクローバーを改めて見ると四枚目の葉っぱがとても小さく四つ葉と呼ぶには少々残念な形をしていることに気がついた。 でも葉っぱが四枚あるからこれは正真正銘の四葉のクローバーだと自分に言い聞かせ、女の子の喜ぶ姿を想像しながら、日が暮れ辺りが暗くなるまで待っていたけれど結局、女の子は現れなかった。  次の日、学校が終わってからすぐに家に四葉のクローバーを取りに帰り、破れないようにと大事に両手で包み込み走って公園に行ったけれど、その日も次の日も女の子が現れることはなかった。 「どうしよう……」  実は両親が開業する都合で遠くに引っ越すことが決まっていて、その公園に来るのは今日が最後だったのだ。 ちゃんとお別れが出来ないなんて思いもしなかった。 こんなことになるなら、もっと色々話しておけば良かったと寂しい気持ちになった。 何より、せっかく見つけた四葉のクローバーを渡せていない。 まだ女の子の名前すら知らないのに家なんてわかるはずがなくこの四葉のクローバーを届けることもできず途方に暮れていた。  結局どうしようもなく女の子が近々公園に来てくれると信じて、《魔法少年の冒険》という一冊の本の1ページ目に四葉のクローバーを挟むと、いつも女の子が鞄を置いていた大きな岩の上に置いた。 その本は、四葉のクローバーを探しながら話しているうちに二人とも読書が好きだということがわかって、お互いにおすすめの本を貸すと約束をしていたので持ってきた本だった。 それは魔法使いの少年が様々な困難に立ち向かいながら冒険をするお話でシリーズ化されて今でも続いている。  女の子のお母さんの病気が早く治りますようにと願いを込めた。 ♢  この押し花があの時の四葉のクローバーになんとなく似ているような気がして無性に懐かしくなった。 果たしてあの四葉のクローバーや女の子のお母さんはどうなったのだろうか……。  あの時、もし自分が医者ならすぐにお母さんを直してあげられるのにと唐突に思い、それが俺の医者になりたいとう夢の始まりだった。 まさか医大にも入れず、受験すらもやめてしまう未来が待ってるなんて想像もしてなかったけど。  そんな事を考えていると段々虚しくなってきて栞を机に置き、ベッドに横たわりそのまま静かに目を閉じた。
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