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【蛹は、蝶の夢を見る。】⑧
真壁は、眠った春見の寝顔を見つめている。
優しく頬の涙を拭った。
その顔に、姉が重なった。
【悠斗、私ね。赤ちゃん産めないんだって】
詳しい理由は、何も説明しなかった。
【久人さんがね。私を抱く度に勿体ないって言うの】
意味が、わからなかった。
【でもね、勝手に妊娠なんかしないじゃない。だから、仕方ないよね】
姉の心が、磨り減ってるのを感じた。
【愛してるから、繋ぎ止めたいの】
不倫しているのが、わかった日に姉が言った。
【したいなら、お前が勝手にすれば?って言われちゃってね。私、そうしたんだ。久人さんはね、軽蔑してた。わかるの、気持ち悪いって顔に書いてた。初めて、殺意がわいた。】
俺には、何でも話してくれた。俺が、ゲイでも軽蔑しなかった唯一の肉親だった。
生きていて欲しかった。
【私の気持ちなんて、久人さんには関係ないの。嫌だなんて許されないの。だって、養ってもらってるんだもの。当たり前よね。子供も産めないんだから】
俺は、姉に何度もやめようと言った。
離婚して、幸せになる道を選ぼうって…。
【愛してるから、傍にいたいの】
そう言われたら、これ以上、止められなかった。
【妊娠なんてしないくせに、いい加減にしろよ。って言われた。毎日、毎日、お前は何なんだよって。そんなにやりたいなら、そういう奴を紹介してやる。お前は、妊娠しないんだからよって言われたの。悠斗、一縷の望みにかけたらダメなのかな?医学的に無理だと言われても、奇跡を信じちゃダメなのかな?】
泣きながら言う姉の背中を擦ってあげる事しか出来なかった。
あいつをボコボコに殴ってやりたかった。
あいつの両親もだった。
【久人さんの両親に、三年も妊娠しないポンコツは、離婚して去るのが普通なんです。昔は、みんなそうしてましたと言われた。私も、去るべきよね。もう、久人さんを自由にするべきよね】
姉は、結婚5年目に自らを殺した。
理由は、俺にだけメッセージを送ってきた。
(生きてる限り久人さんを愛してる。だからね、悠斗。これしか思いつかなかった。だって、離婚なんかしたくないから…。久人さんのもののまま死にたいの。悠斗、わがままなお姉ちゃんを許してね。悠斗ともっといろんな話をして、いろんな所に行きたかった。悠斗の幸せになる姿も見たかったよ。こんなにも愛してるから、久人さんのいない未来を生きていくのは嫌。久人さんが、愛人を作ろうが、よそに子供が出来ようが別によかった。久人さんの傍にいれるだけで、よかった。ごめんね、悠斗。愛してるよ、悠斗。蛹は、蝶にはなれなかった。夢を見ていたのに…。さよなら、悠斗。)
そのメッセージを見て、俺は姉を探し歩いた。
家にもいなくて、どこにもいなくて、警察から親に連絡が来たのは夜中の一時を回った頃だった。
姉は、他殺を疑われた。
自分を何度も刺したのだ。
警察も驚いていた。
こんな死に方をする人は、あまりいないと…。
俺には、わかっていた。
まだまだ、足りないぐらいだって
姉が、傷つけられた痛みなのだ。
そして、その痛みよりも久人さんと離される痛みの方が強かったんだ。
愛していたから、執着した。
執着と愛の違いぐらい俺にだってわかる。
姉のそれは、紛れもなく愛だった。
姉の葬儀の喪主は、久人さんだった。
姉は、望み通りの形を手に入れたのだ。
久人さんは、姉が亡くなって半年後に再婚した。
出来ちゃった婚だった。
それでも、うちの両親は7回忌まではそちらでと堂々と言い切ったのだ。
姉は、久人さんの名字のまま、我が家のお墓の隣に墓を建てられた。
俺は、ざまあみろと思った。
姉が亡くなっても、久人さんは縛られておけばいいのだ。
俺は、最低だ。
でも、あいつを許せなかった。
許したところで、俺の大好きな姉は二度と帰ってこないのだ。
蛹は、蝶にはなれなかった。
夢を見ていたのに…。
そのメッセージの意味だけがわからなかった。
俺は、章悟を見つめながら目を瞑った。
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