【蛹は、蝶の夢を見る。】⑨

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【蛹は、蝶の夢を見る。】⑨

南条は、朝早く目覚めた。 寝ながら、朝倉を見ていた。 髪の毛を優しく撫でる。 朝倉の苦しみが、理解できる。 【頼む、衛の子種をくれないか?】 優秀な兄が、何度も俺なんかに頭を下げた。 本当にダメなのか? 一緒についていったけど、兄に子供を宿せる力はなかった。 【衛、助けて欲しい。私は、子供が欲しい。】 子供が、欲しい。 子供が、欲しい。 それを繰り返す度に、兄は消えてしまいそうだった。 【彼女と別れるぐらいなら死んだ方がマシだ。】 俺には、あの人が素晴らしい人に思えなかったけれど、兄にとってあの人しかいなかったのだ。 次がない事を知っていた兄は、追い詰められていった。 あの人に手を上げるようになった。 【衛、私は彼女を傷つける。殴ってしまった。】 震える手で、俺の手を握りしめた。 兄だけが、悪いわけじゃない。 兄は、自分の傷を彼女に見せただけに過ぎなかった。 それを、他人は悪だと言った。 兄の痛みを悪だと言った。 俺は、小太郎の頬の涙を撫でる。 検査なんかしなければ、苦しまなかっただろう 結婚なんてしなければ、幸せだっただろう? 兄は、あの人が自分と別れる前に自らを罰した。 そして、あの人は喪主を勤めた。 あの人は、兄の一周忌にお腹を大きくして現れた。 殺してやりたかった。 小太郎の気持ちがわかる。 屈辱以外のなにものでもなかった。 兄が生きていたら、目の前で喉をかっ切ったはずだ。 それ程の痛みを、俺は味わった。 兄の話をいつも聞いていた俺にとっては、胸を捻り潰される程の激痛だった。 小太郎は、もうすぐ起きそうだった。 . . . . . 「うーん」 朝倉は、久々に眠れたようだった。 「おはよう、小太郎」 隣で、南条が自分を見つめていた。 アレから、南条と何度も… 急に、恥ずかしくなった。 「大丈夫か?照れてるか?」 毛布で、顔を隠す僕の手を握ってくる。 「恥ずかしいよ」 「もう、恥ずかしい事はしたよ」 南条は、そう言って頭を撫でてくれる。 「ハハハ、そうだよね」 「小太郎は、もう蝶だよ」 「えっ?」 「昨日、俺に言ったの忘れた?」 「何を言ったのかな?」 「蛹は、蝶にはなれなかったって」 「あー。それ言ったんだ。」 「言ったよ。俺に」 そう言って、南条は笑った。 「僕は、なれたの?」 「ああ、蝶だよ。俺の、蝶」 南条は、そう言っておでこをくっつける。 南条の言葉、一つ一つに胸が踊っているのを感じる。 「それなら、嬉しい」 朝倉は、南条に抱きついた。 「よかったな」 そう言って南条は、朝倉の頭を撫でる。 「僕の人生は、何だったのかな?」 朝倉は、俺の頬を撫でながら言った。 「どうして、そんな事を言うんだ?」 「僕は、子供を産めないから。不必要なんだよ。男を好きになるなんて、いけないんだよ。」 「いけなくないよ。子供が産める産めないなんて、俺には必要な事じゃない。だって、俺にとって重要なのは小太郎と一緒にいる事だから…。縛られなくていいんだよ。子供を作れない事に。苦しまなくていい。小太郎は、蝶になって俺の周りを飛んでくれるだけでいい。その羽根をもぎ取る事は、俺が許さない」 そう言って、南条は朝倉の手を強く握りしめる。 そして、涙を流す。 「キスする前に、歯磨きしなきゃね?」 南条の唇に、指をあてる。 「そうだな」 南条は、朝倉に笑いかけて立ち上がった。 並んで、歯磨きをした。 「いいかな?」 南条は、そう言ってキスをした。 「衛」 「大好きだよ、小太郎」 そう言って頭を撫でて、また、引き寄せた。 朝倉は、嬉しかった。 南条の胸の中に、顔を埋めてる自分が好きになれる。 蛹は、蝶の夢を見ていた。 僕は、やっと蝶になれる居場所を見つけた。 「小太郎、俺を見て」 「うん」 「これからも、ずっと傍にいてくれるか?」 「僕は、衛が嫌だって言うまでいるよ。どれだけだっているよ」 南条は、いつまでも朝倉を抱き締め続けていた。
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