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【蛹は、蝶の夢を見る。】⑩
切り替わって、章悟と悠斗。
目覚めた章悟は、小さな声で何度も繰り返した。
「蛹は、蝶にはなれなかった。夢を見ていたのに…。あの綺麗な羽根をもぎ取って、私につけれたら私は愛されるのだろうか?キラキラと鱗粉を撒きながら飛ぶ。君は、そんなに綺麗なのに…。私は、違う。同じように鱗粉を撒き散らし飛んだ所で醜いと言われるのだ。蛹は、蝶の夢を見る。夢を見てもなれやしないのをわかっているのに、今日も見る。」
真壁は、いつの間にか起きていた。
繰り返し話す春見の言葉に、気づけば泣いていた。
姉が言いたかった言葉を、春見は繰り返し呟いていた。
あの羽根とは、きっと姉にとっての妊婦さんだったに違いない。
ズズッと鼻水を間違って吸ってしまった。
春見は、それをとめた。
「起きているの?真壁さん」
「あっ、ごめんよ。」
「今の聞いていた?」
「ああ、聞いてた。」
「マイナーな映画の台詞なんだよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
春見は、起き上がった。
「僕は、この映画が大好きなんだ。主人公はね、車椅子に乗った中学生の少女なんだ。少女はね、皆、同じ服を着ているのに自分だけ違う存在だって気づいてしまうんだ。毎日、校庭を駆け回る夢を見るんだ。でもね、目が覚めると足は動かない。彼女は、そこで話すんだ。蛹は、蝶にはなれなかった。夢を見ていたのに…。ってね。」
春見は、そう言って笑った。
「僕も、彼に言われる度、女になる夢を見た。目覚めると男である自分にがっかりした。あの、綺麗な羽根を僕につけて欲しい。僕は、淳の子供が欲しい。欲しくて、欲しくて、堪らなかった。」
春見の言葉に、涙が止めどなく流れていく。
胸が締め付けられて、喉の奥がギュッと締め付けられる。
春見といたら、姉の気持ちが痛い程わかる。
それは、想像の世界ではなく、リアルに感じる。
「そろそろ、帰るよ」
「送るよ」
春見を洗面所に連れてきた。
顔を洗って、歯磨きをした。
「お水、はい」
「ありがとう」
俺も、顔を洗って歯磨きをした。
服を着替えた。
春見の家まで、並んで歩く。
「意外に近くに住んでたんだね」
「ああ、ほんとだね」
春見の家まで、徒歩で20分程だった。
いつでも、会える程の距離にいながら見えない糸が繋がらなければ辿り着けなかったのがわかった。
春見は、家の下でいいと言った。
「そうだよね」
そう言った時だった。
「もう、淳。激しすぎだから」
「悪い、悪い。がっつきすぎだったよな」
「章悟?」
章悟の手が、カタカタと震えている。
俺は、通りすぎる男を見つめる。
あっちも、見つめていた。
「淳、次はいつにする?」
「そりゃあ、美佐がいい日にしよう」
「出来ちゃった婚、目指そうね」
「うん」
俺は、章悟の手を握りしめた。
「じゃあ、帰るよ」
「かえ……らないで」
そう言って、顔を上げた章悟の目から涙が流れ続けていた。
「わかった」
章悟は、俺の手をしっかり握りしめて引っ張っていく。
「さっきのが、彼氏?」
「うん」
「へぇー。」
「章悟」
はっ?その声に、振り返った。
「すぐ、鍵開けるから待って」
ガチャガチャガチャガチャしてる。
だけど、うまく鍵をさせないようだ。
「章悟」
「何、あんた?」
「お前は、うるせー」
「あっそ」
そいつは、俺と章悟の手を振りほどいた。
「何?」
「章悟、そりゃないだろ?昨日の今日でヤリもく相手引っ掻けてきてさ」
「そんなんじゃない」
「俺に、ヤキモチ妬かせたかった?」
章悟は、触れられて怯えている。
「やめろよ!嫌がってんだろ?」
「うるせーよ。これは、俺と章悟の問題だから。なっ?章悟」
「離して」
チャリンっと鍵を落とした。
「章悟」
その男が、拾い上げる。
「行こう、章悟」
俺は、反対の手を反射的に握りしめた。
「章悟、いいのか?いいなら、帰る」
「まか」
そいつに連れて行かれて、俺の手を離した。
「ダルいわ、マジで」
俺は流れる涙のまま、エレベーターに行く。
どうせ流れ作業みたいに愛されて、どうせ泣くんだろ?
それでも、章悟はあいつがいいんだろ?
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