午後10時30分

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 扉が勢いよく開く。中は間接照明が控えめに照らされ、ほどよく、エアコンが効いていた。乗客たちはそれぞれ、自分たちが気に入った席をとる。前方が好きなものもいれば、後方を好むものもいた。  前方の運転席側の壁には四角いモニターが高松市の街の風景を映し出していた。効果音が相まって、良い雰囲気を醸し出していたが、モニターに注目するものは誰もいなかった。席は三分の一が埋まっていた。定員六十人入りのバスはまだ余裕があった。ただ、夜行バスを利用する人間は限られている。圧倒的に鉄道を利用する人間が多い中、三分の一の乗客を集めることは、バス会社にとっては上々の方である。  運転手はバックミラーを正常な位置に直し、制帽を被り直す。窓には交通安全のお守りがぶら下がっていた。  先ほどの母親は娘が座った瞬間、眠り始めたので、安堵して再び、スマホに熱中した。カップルは人目も憚らずに、イチャイチャしだした。  会社員の中年男性は電話からパソコンに切り替えて、何やら苛立たし気にキーを叩いていた。  皆それぞれに人生があり、目的地は同じであれ、たまたま乗り合わせたバスが同じだという以外、共通することは見当たらない。  決して交わることがこの先、ないと思われていた乗客たち。彼らに酷い運命が待ち受けているとは知らずに。
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