午後10時30分

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 運転手の影山はハンドルを握りながら、とてつもない違和感を覚えていた。バックミラー越しに見る乗客に不審者はいないように見える。だが、影山は妙な引っ掛かりを覚えた。  運転席の真後ろの席に座った一人の青年。野球帽にサングラス、スポーツバッグ一つを持ってバスに乗ってきた。パッと見、どこにでもいる若者だった。ただ、青年からは、言いようのない、負のオーラが漂っていた。  影山はこの道十年のベテランだ。乗客の中には様々な事情を抱えている人間がいる。その中には明らかに、やんごとなき事情を抱えている人間がいることは確かだ。  特に、夜行バスを利用する人間はマイナスのオーラを背負っている傾向が見られる。偏見かもしれないが、長年の勘が青年がその手の人間であることを教えていた。  青年はイヤホンをつけ、何かを聴いていた。音量が外に漏れない程度に聴いているので、ある程度の常識はあるのだろう。  影山は今晩の乗客全員がバスに乗車したのを確認した後、定刻通り、バスを発車させた。影山はまた、いつもの通常の業務をこなすだけだと、高を括っていた。  今夜は夜空に浮かぶ月の輪郭が鮮明だった。こんな日に仕事になってしまったのは、仕方がないが、月を眺めながら、一杯ひっかけたいと思った。明日は非番なので、月が出ていたら、お気に入りのウィスキーで一杯やりたいものだ。  影山は後ろの青年のことなど忘れて、明日の予定を頭に思い描いていた。
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