午後11時

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午後11時

 青年の後ろに座る一人の中年の女性がいた。  彼女の名前は畠山貴代美といった。彼女は胸元に骨壺を抱えていた。  その中には血を分けた息子の遺灰が収められていた。息子はこんなに軽かったのかと、今更ながら思った。  息子は25年という短い生涯を閉じた。息子にとって、25年の人生は楽しかったのか、辛かったのか?貴代美は後者だと思っていた。なぜなら、息子は会社の寮で首を吊って自殺していたのだから。楽しかったら自殺なんてしない。息子は東京に来てから、死ぬほど辛い目に遭っていた。気づいてやれなかったことが歯がゆかった。  つい先日、息子に電話をかけたときは元気そうだった。仕事は順調かと訊いたら、楽しいと答えていた。息子は食品会社の営業を担当していた。地元の高校を卒業すると、東京に行きたい一心で東京にある会社に就職した。彼なりに会社の社風や福利厚生などを調べて、自分ならやっていけると判断したようだ。もう、すっかり親離れしてしまったと悲しい反面、嬉しくもあった。  そんな息子はわたしに心配をかけまいと、必死になって元気を装っていた。確かに電話口では顔が見えないので、息子がどういう心境でいたのかはわからない。  一度、東京へ行こうかと息子に訊いてみたが、息子は大丈夫だから。第一、俺は寮にいるから泊めることはできないと言って、突っぱねられたことがあった。今思えば、強行で息子を訪ねればよかったと、悔やまれる。
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