午後11時

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 バスが揺れる度に、貴代美は骨壺をしっかりと抱いた。息子が生まれたばかりの頃、一度、落としてしまった。大事には至らなかったが、あの時のことを思い出して、貴代美は必要以上に抱き寄せた。  バスは順調にスピードを緩めることなく走っていた。  村山邦雄は先ほどから貧乏ゆすりが止まらなかった。部下がイベントで使うドライアイスの発注を忘れてしまったらしい。部下はその頃、居酒屋で同僚と酒を酌み交わしていた。二次会とばかりに、同僚の意中の女子社員とカラオケになだれ込み、そこで彼が選曲した歌の歌詞にドライアイスというフレーズが出てきた。その時になって、彼は事の重大さに気づいた。  村山は支社への出張のため、この夜行バスに乗ることになった。本来なら飛行機を利用したかったのだが、会社側のコストカットに付き合わされ、夜行バスに落ち着いた。夜行バスを利用するのは初めてで、思ったよりも静かなので、村山自身、驚いている。ただ、部下がこのような初歩的なミスをしなければ、少しは快適な旅になったのかもしれない。  バカな部下を持つと、上司が尻ぬぐいしなければならない。だから、部下を任されるのは、宝くじを買わされるようなものだと思っている。当たればいいが、大抵はハズれることが多い。  ハズレの部下はあまり、詰ると、パワハラだと喚きたてるので、怒らないようにしていたが、昔気質の村山にとっては、怒りを禁じえなかった。  ゆとり世代とか言われて育ってきたからか、仕方ないのかもしれないが、それにしても、弛み過ぎだ。村山が新人の頃は、上司が怖かったし、怒られるうちが華だという認識があった。  明日のイベントまで間に合うように、村山はメールで便宜を図った。
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